要旨

最新医学 別冊 新しい診断と治療のABC 40/精神3
パニック障害



第1章概念・歴史,疫学
概念とその歴史

越野 好文  金沢大学 名誉教授
粟津神経サナトリウム・いずみ不安・ストレス研究所

要旨
 1980 年に登場したアメリカ精神医学会の『精神障害の診断・統計マニュアル第3版(DSM-V)』で新しく定義されたパニック障害は,その後の DSM の改訂とともにその概念が変化してきている.DSM-Vではパニック発作が頻発する疾患とされたが,DSM-V-R 以後はパニック発作が反復することから予期不安が生じ,さらに広場恐怖が生まれ,そのために生活機能が大きく障害される疾患であることが明らかになり,診断基準も変化した.

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第1章 概念・歴史,疫学
疫 学


佐々木 司  東京大学保健センター 助教授

要旨
 パニック障害は,米国の大規模疫学調査などから生涯有病率2〜5% と推定される頻度の高い不安障害である.頻度には明らかな性差があり,女性は男性の2倍以上の高頻度である.広場恐怖,大うつ病をしばしば合併し,全般性不安障害との合併も多い.患者の第一度親族におけるパニック障害の頻度は一般人口の4〜10倍と高く,この家族性は基本的に遺伝的要因によることが双生児研究から示されている.また,遺伝率は約(3〜)4割と推定される.全般性不安障害やうつ病とは遺伝的要因の一部を共有している可能性があり,また共有する遺伝的要因の一部は神経症傾向(neuroticism)にかかわっているとの報告がある.

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第2章 症状・経過
症状(パニック発作,予期不安,広場恐怖)

佐藤 啓二   メープル・クリニック 院長

要旨
 本章ではパニック障害で出現する症状−パニック発作,予期不安,広場恐怖(アゴラ フォビア)−で重要な点について記述している.他の不安障害などとの鑑別診断を行う際,このような特徴を踏まえることは有用と思われる.



第2章 症状・経過
随伴症状,併存障害

高塩  理   昭和大学医学部精神医学教室
上島 国利  国際医療福祉大学医療福祉学部 教授

要旨
 Comorbidity(併存)概念は,精神障害に対して診断,治療,また予後の見通しなど包括的にアプローチする一助となっている.臨床場面でパニック障害によく併存する精神障害と,随伴症状として自殺についてまとめた.他の精神障害の併存や随伴症状があると治療改善率や予後などに悪影響を及ぼすため,パニック障害の症状だけにとらわれずに,併存する精神症状を考慮しながら診察することが大事である.

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第2章 症状・経過
クオリティ・オブ・ライフ

高橋 千佳  帝京大学医学部附属市原病院メンタルヘルス科

要旨
 パニック障害には薬物が有効だが,経過は一般に慢性で再発しやすく,患者の QOL は予想以上に障害され,うつ病にも匹敵する.QOLの低下を防止するためには,治療にあたってこのことを認識するとともに,早期発見・早期治療に努め,慢性化や併発症を防ぎ,パニック発作のみならず予期不安や広場恐怖など症状全体の解消を図ることが重要である.また,症状の改善がなくても,ストレスへの患者の認知(コーピング)を変化させることによって,QOLを向上させることができる可能性がある.認知行動療法や患者指導により,ともすれば情動中心,回避に傾きやすいストレス・コーピングを,問題解決型の方向に向ける,回避によらないなど,“positive,action-oriented,non-escape”な態度へと導くようにすべきである.

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第2章 症状・経過
経過・予後

傳田 健三  北海道大学大学院医学研究科精神医学分野 助教授

要旨
 パニック障害の経過・予後は症例によってさまざまである.一口に経過・予後と言っても,症状の変動性,合併症状・障害の有無,治療の有無,治療に対する反応性などの要因が影響を与えうる.これまでの報告によると,「パニック障害は再発を繰り返しやすい慢性の疾患」であることがうかがわれる.本稿では,@パニック障害の急性期・亜急性期の経過を述べ,A全般的な転帰について概観し,B合併症の様態とその影響について述べた.

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第3章 病因・病態仮説
家族・遺伝研究


谷井 久志  三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座精神病態学分野 講師
田原 淳輔  三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座精神病態学分野
井上  顕   三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座精神病態学分野
西村 幸香  三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座精神病態学分野
岡崎 祐士  三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座精神病態学分野 教授

要旨
 パニック障害には遺伝的要因が強く示唆され,さまざまな候補遺伝子があるものの確定には至っておらず,さらに多くの対象家系(患者数)を用いた研究が必要である.また,パニック障害は症状(表現型)の多様性や類縁疾患,身体疾患の合併を特徴とし,中間表現系や疾患の異種性の検討なども考慮されるべきである.家族・遺伝的研究の進展により,脆弱性因子の解明に基づく予防や個体の状況に合った治療法の開発が期待される.

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第3章 病因・病態仮説
神経化学・神経薬理学的仮説


穐吉條太郎   大分大学医学部脳・神経機能統御講座精神神経医学 助教授

要旨
 パニック障害は歴史的に不安障害の1つであるため,その病因として心理学的側面が強調されてきた.しかし,抗うつ薬が治療薬として認められたこと,および乳酸・二酸化炭素・コレシストキニンなどでパニック発作が誘発されることより,この20年間生物学的なアプローチが進んできた.本稿では,不安のメカニズム,不安と視床下部−下垂体−副腎皮質系の関連,脳内神経伝達物質の役割などについて概説した.

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第3章 病因・病態仮説
画像研究・神経解剖学的仮説

熊野 宏昭  東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学 助教授

要旨
 パニック障害の神経解剖学的仮説としては,恐怖条件付けに関与する扁桃体中心の神経回路に基づいて構成したGormanらのものと,自発性パニック発作の責任部位を中脳水道周辺灰白質(PAG)に仮定したCoplanらのものが代表的である.従来,扁桃体やPAGの異常を描出した画像研究は少なかったが,高解像度3次元ポジトロンCTを用いた研究で,治療前非発作安静時において代謝の亢進が見いだされた.

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第3章 病因・病態仮説
パニック障害と自律神経・内分泌系

塩入 俊樹   新潟大学大学院医歯学総合研究科精神医学分野 助教授

要旨
 突然,動悸や呼吸困難感と強い恐怖感などが生じるパニック発作をその初発症状として呈するパニック障害では,これまで自律神経系および内分泌系におけるさまざまな調節異常が報告されてきた.
 ここでは,自律神経系については循環器系を中心に,内分泌系については視床下部−下垂体−副腎皮質(HPA)系に焦点を絞って,それぞれの分野の知見を述べる.

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第3章 病因・病態仮説
パニック障害と睡眠研究

井上 雄一  財団法人神経研究所附属睡眠学センター 研究部長

要旨
 パニック障害(PD)においては,症状の重症化につれて不眠の有病率が上昇すること,断眠すると症状が悪化すること,少なからず睡眠時パニック発作(sleep panic)を有することなどから,睡眠生理と本病態の間に密接な関係があると考えられている.しかしながら,PDにおいては,若干睡眠の浅化傾向があるものの,うつ病のような特徴的な睡眠構造はみられない.Sleep panicは,まだ診断カテゴリーが十分確立されていないが,一種の睡眠随伴症と考えられ,夜間前半のノンレム睡眠段階2〜3の移行期に多く,発作の性状は覚醒時のそれと類似している.治療法は,覚醒時PDとほぼ同様である.
 また,PDの不安症状は明瞭な日内分布を示すことが多いし,生体リズム指標に異常がみられることが多いこと,概日リズム睡眠障害症例において,PDを合併するケースが多いことから,生体リズム機構もPD病態に関与していると考えられる.

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第3章 病因・病態仮説
パニック障害とストレス,ストレス対処

野村  忍  早稲田大学人間科学学術院人間科学部 教授

要旨
 パニック発作は,極度の不安・恐怖反応であり,さまざまな状況によって誘発される.パニック障害は,予期しないパニック発作が繰り返し起る障害であり,遺伝的生物学的素因に加えてストレスなどの心理学的要因が指摘されている.複雑多様化する現代ストレス社会の中において,パニック障害の予防対策として,あるいは慢性化を防ぎ早期解決を目指すためにも,ストレス対処という視点からより良いライフスタイルを確立することが重要である.

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第3章 病因・病態仮説
パニック障害の心理学的理論

山田 和夫  東洋英和女学院大学人間科学部人間福祉学科 教授

要旨
 パニック障害は,精神分析の創始者S.フロイトが提起した不安神経症から派生した障害である.フロイトが詳細に記述した不安神経症の症状は,パニック障害の臨床症状とほぼ同一である.パニック障害の心理学的理論を考えるにはまず,フロイトの不安神経症に対する心理学的理論から考えることが第一となってくる.さらに実は,フロイト自身が不安神経症,すなわちパニック障害を中心にさまざまな神経症を有していた神経症患者でもあった.フロイトは自身の精神症状の研究から不安について分析し,不安神経症という疾患概念を抽出(1894)し,さらには試行錯誤的な自己治療から精神分析療法を確立し体系化していった.まずはフロイト自身のパニック障害に関する病誌を検討したい.

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第4章 診断
診 断

中尾 睦宏  帝京大学医学部衛生学公衆衛生学・心療内科 助教授

要旨
 パニック障害の診断は,症状の正確な把握と除外診断を基本とする.まず,基本症状であるパニック発作について,条件を満たす発作があるのかどうか,その頻度はどうかを調べる.その際,状況と無関係に自然発生的にパニック発作が起ったか否かをしっかりと確認する.次いで,予期不安,広場恐怖などの付随する症状について確かめる.最後に器質性の疾患を除外できるか検討し,他の精神疾患との鑑別をする.

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第4章 診断
身体疾患との鑑別

坂本 典之  東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学

要旨
 パニック障害は,突然の動悸,呼吸困難,めまいなどの発作を繰り返し,通常はまず内科および救急外来などを受診する.初期評価で異常がない場合,「心理的な問題」とされ放置されることも少なくない.パニック障害が疑われ,心療内科および精神科に紹介されるケースでも,身体疾患の見逃しや,治療経過中に新たに身体疾患が発症する可能性もあり,パニック障害の特徴的身体症状および身体疾患との鑑別に関する知識が必要となる.

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第4章 診断
精神疾患との鑑別

坂元  薫  東京女子医科大学医学部精神医学講座 助教授

要旨
 パニック障害と鑑別を要する精神疾患には,不安障害の下位分類である社会不安障害,特定の恐怖症,全般性不安障害,強迫性障害,心的外傷後ストレス障害,分離不安障害を始め,そのほかに大うつ病性障害や身体表現性障害などがある.それらとの鑑別のポイントについて,『精神疾患の診断と統計の手引−改訂第4版(DSM-W-TR)』の記述を参考に解説を加えた.また,これらの疾患との合併もまれでないことを指摘した.さらに,日常臨床上最も問題となる過換気症候群との異同,鑑別についても焦点を当てた.

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第5章 管理・治療
パニック障害の医学的管理・療養上の注意

貝谷 久宣  医療法人和楽会 理事長

要旨
 パニック障害の慢性疾患としての特徴を述べ,その薬物療法,生活指導に関する一般的注意を示した.パニック障害は多かれ少なかれうつ状態を持ち,それは非定型病像を持つという事実から倦怠感,過眠,過食,感情の過敏性が問題になり,生活指導は主にこれらのことに対して行われる必要があり,その具体的対応策を示した.

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第5章 管理・治療
薬物療法:(1)抗うつ薬

池谷 俊哉   大阪市立大学大学院医学研究科神経精神医学 講師
切池 信夫   大阪市立大学大学院医学研究科神経精神医学 教授

要旨
 パニック障害の薬物療法において三環系抗うつ薬(TCA),選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ薬は中心的な位置を占めている.その中でもSSRIはパニック発作に対する有効性が高く,副作用がTCAに比べ少ないことなどから広く臨床の場において使用されている.今後,より安全で有用性の高い薬剤の開発や他剤との付加療法(augmentation therapy)などの研究がなされ,より効果的な治療法の開発が進むことが望まれる.

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第5章 管理・治療
薬物療法:(2)パニック障害の治療における抗不安薬の位置付けと使い方

田島  治 杏林大学保健学部精神保健学教室 教授

要旨
選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)の登場後,我が国においても,欧米と同様にSSRIがパニック障害の薬物療法の第1選択として用いられるようになってきているが,効果発現が遅く,投与初期の不安や焦燥の惹起もみられるため,現実にはほとんどの症例で高力価のベンゾジアゼピン系抗不安薬が併用されている.ここではSSRIを中心としたパニック障害の薬物療法におけるベンゾジアゼピン系抗不安薬の使い方とそのポイントを,抗不安作用の違いなども含めて示した.

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第5章 管理・治療
薬物療法:(3)薬物治療抵抗性パニック障害の対応

樋口 輝彦 国立精神・神経センター 武蔵病院 院長

要旨
パニック障害の標準的薬物療法は選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI),ベンゾジアゼピン,三環系抗うつ薬のいずれかを単剤で用いることであるが,これらに反応しない場合には治療抵抗性と考えて,まだ十分検証されてはいないが報告のある幾つかのオーグメンテーション療法を試みる.その主なものは抗うつ薬とベンゾジアゼピンの併用,抗うつ薬の併用,βブロッカーによるオーグメンテーションなどである.

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第5章 管理・治療
精神療法:(1)認知行動療法(個人)

陳  峻ブン-注  東海女子大学人間関係学部心理学科 講師  注-ブンは雨部に文
貝谷 久宣    
 医療法人和楽会 理事長

要旨
 
本稿は,薬物療法と認知行動療法の併用が奏効した広場恐怖を伴うパニック障害の症例を提示し,認知行動療法の実際および効果を示した.薬物療法が実施された後,予期不安や広場恐怖が依然残っている患者に対し15セッションの認知行動療法を行った結果,不安や回避行動が低減し社会生活に復帰できた.本事例の結果から,エクスポージャー,認知再構成,行動実験,注意の転換,呼吸法と筋弛緩などの治療要素の有効性が示唆された.

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第5章 管理・治療
精神療法:(2)集団認知行動療法

小林 圭介 千葉大学大学院医学研究院精神医学講座

要旨
集団認知行動療法は,効率的,かつ効果的に認知行動療法が行えるシステマティックな療法である.認知療法,リラクゼーション,暴露療法などで構成されており,広場恐怖に特に有効である.ここでは実際に行われているプログラムを紹介し,集団療法を進めていくうえで重要となるポイントを幾つかまとめた.

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第5章 管理・治療
パニック障害の薬物療法と精神療法の併用

清水 栄司    千葉大学大学院医学研究院神経情報統合生理学 教授

要旨
 パニック障害における治療の第1選択は,認知行動療法(CBT)あるいは薬物療法としてのパロキセチンを始めとした選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ薬であるが,それぞれの単独療法よりも,CBTとSSRIの併用療法が有効であるという証拠が固められつつある.また,暴露療法と併用する恐怖消去促進薬という概念が現れてきた.

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第5章 管理・治療
パニック障害と医療経済

原井 宏明   独立行政法人国立病院機構菊池病院臨床研究部 部長

要旨
 現代の医療技術の大半は,問題を改善はできるが解消はできないというレベルにある.治療の結果は治癒か未治のどちらか1つではなく,生活の質(Quality Of Life)の改善のような相対的なものとなる.そして,全員が平等に治ることはありえず,治療の成功は集団の代表値で表すことになる.経済学の考えはこのような相対的な目標,集団を念頭において治療の判断をするときにも役立つ.
 本稿では医療経済学の基本的な考えについて説明する.そして,この考え方が個人の患者の治療判断や認知行動療法の実践にも役立つことを説明する.

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第6章 ガイドライン
パニック障害の治療ガイドライン

竹内 龍雄   帝京大学医学部 名誉教授

要旨
 パニック障害には薬物療法を中心に幾つかの治療ガイドラインが作られている.そこにはエビデンスに基づく治療のスタンダードが示されており,臨床で治療法を選択する際の良い参考になる.米国精神医学会によるものが最も本格的なものだが,その他の国のものや,プライマリケア医向けのものも発表されている.我が国の厚労省研究班による試案も加え,本章ではこれらを比較しつつ,治療上重要な点についてその内容を見ていきたい.

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