要旨

最新医学 別冊 新しい診断と治療のABC 55/呼吸器7
特発性肺線維症


第1章 概念・定義と疫学
概 念
  −
特発性間質性肺炎の分類,特発性肺線維症の疾患概念確立の歴史

泉  孝英   京都大学 名誉教授
要旨
 特発性肺線維症(IPF)とは,1975 年の米国立衛生研究所(NIH)カンファレンスで初めて用いられた原因不明の慢性型のびまん性間質性肺炎/肺線維症を指す病名である.当初は,病理組織学的には通常型間質性肺炎(UIP)病変と剥離性間質性肺炎(DIP)病変が含まれていたが,米国胸部学会(ATS),ヨーロッパ呼吸器学会(ERS)の国際分類委員会の検討結果,IPF は UIP 病変例に限定して用いることが合意され,2002 年に公表された.本稿においては,分類作業を通じて確立されてきた IPF の疾患概念について記載した.

目次に戻る



第1章 概念・定義と疫学
疫 学

杉山幸比古  自治医科大学呼吸器内科 教授

要旨
 特発性肺線維症(IPF)に関しては,時代と国によって疾患概念が異っており,そのことを念頭に疫学報告をみていく必要がある.1994 年の非特異性間質性肺炎(NSIP)の概念の報告や 2002 年の米国胸部学会/ヨーロッパ呼吸器学会(ATS/ERS)の共同声明といった年も重要である.日本の調査では罹患率が人口 10 万人あたり3〜5人という調査に始まり,最近の調査(2005 年)では 3.44 であった.欧米での報告では 10 万対3〜6(1991 年),最近では 14.0〜42.7 との数字もある.

目次に戻る



第2章 病理・病態生理
病 理
  −特発性肺線維症(IPF)の臨床経過,画像所見と整合性のある病理診断は可能かをめぐって−

北市 正則  国立病院機構近畿中央胸部疾患センター研究検査科 部長
          臨床研究センター 併任室長
玉舎  学   国立病院機構近畿中央胸部疾患センター研究検査科
          大阪医科大学第一内科
杉本 親寿  国立病院機構近畿中央胸部疾患センター内科
大塚 淳司  国立病院機構近畿中央胸部疾患センター内科
新井  徹   国立病院機構近畿中央胸部疾患センター内科・アレルギー科 医長
          臨床研究センター 併任室長
井上 義一  国立病院機構近畿中央胸部疾患センター臨床研究センター
          呼吸不全・難治性肺疾患研究部 部長
林  清二   国立病院機構近畿中央胸部疾患センター内科 副院長

要旨
 特発性肺線維症(IPF)の病理所見は通常型間質性肺炎(UIP)である.比較的早期例では原因不明の臨床状況で2肺葉からの外科的生検検体に UIP パターンを認めることにより確定診断される.1960 年代に剖検肺で記載された UIP の病名が,現在では外科的肺生検検体所見で線維化病期の多様性を意識した概念を用いて生前診断されている.絶えず検証の必要な事項である.

目次に戻る



第2章 病理・病態生理
病態生理

海老名 雅仁   東北大学大学院医学系研究科内科病態学講座呼吸器病態学分野 准教授

要旨
 特発性肺線維症(IPF)患者の病態生理を理解するには通常型間質性肺炎(UIP)と呼ばれる病理形態の特徴を理解する必要がある.線維性非特異性間質性肺炎(f-NSIP)が肺胞壁に一様な線維化病変を形成するのに対し,UIP では小葉間隔壁と胸膜下に線維化病変の首座があり,その線維化巣に囲まれる肺胞壁には毛細血管が著しく増殖している.その病理形態の新しい知見から IPF 患者の病態生理を再構築する必要がある.

目次に戻る



第2章 病理・病態生理
病 因

吉村 邦彦  虎の門病院 呼吸器センター内科 部長

要旨
 特発性肺線維症(IPF)の病因はいまだ不明である.当初は何らかの原因物質により肺の炎症反応が引き起され,その結果異常な組織修復のため,過剰な筋線維芽細胞の増殖や細胞外マトリックスの沈着が引き起されて,正常肺胞構造が破綻すると考えられていた.その後,線維化の過程は先行炎症なしに引き起されうること,かつ慢性的な肺胞上皮細胞傷害の結果,線維化に至るとする説が提唱された.現在,さらに両説の融合した形で,IPF における線維化は,初期に起る正体不明の組織傷害と,凝固異常,炎症,上皮細胞や血管内皮細胞の修復再生の異常などの,重複かつ連続的な病態の結果,肺胞構築異常を伴う線維化が完成される,と考えられるに至っている.近年のマイクロアレイなどを駆使した分子生物学的解析により,発症機序は今後さらに明瞭に解明されていくものと期待される.

目次に戻る



第3章 診 断
診 断

近藤 康博   公立陶生病院呼吸器・アレルギー内科 部長
谷口 博之   公立陶生病院呼吸器・アレルギー内科 部長

要旨
 特発性肺線維症(IPF)の診断には,臨床・画像・病理による総合的評価が重要である.高分解能 CT(HRCT)所見が IPF に典型的でない場合は,確定診断には外科的肺生検による通常型間質性肺炎(UIP)の診断が必須であるが,HRCTにて典型的な蜂巣肺所見を認めた場合は,外科的肺生検を行わなくても,他の所見と総合しIPFと診断可能である.総合判断を行っても診断に迷う症例においては経過や治療反応性を考慮して診断を見直す姿勢も重要である.

目次に戻る



第3章 診 断
検 査(1)呼吸機能

本間  栄    東邦大学医療センター大森病院呼吸器内科 教授

要旨
 IPFでは拘束性障害(肺活量と全肺気量の減少)が認められる.肺拡散能は初期より低下することが多い.喫煙者では肺気量の減少が軽微で,肺気腫による気流閉塞を伴うことがある.安静時低酸素血症の主因は,換気と血流の不均衡による.労作時には,肺胞気動脈血酸素分圧較差が上昇し,動脈血酸素分圧および酸素飽和度が低下する.IPF の進行期では,肺高血圧に該当する所見が認められる.安静時平均肺動脈圧が 30mmHg を超えている場合は,予後不良である.

目次に戻る



第3章 診 断
検 査(2)血液診断

高橋 弘毅   札幌医科大学医学部内科学第三講座 教授
白鳥 正典   札幌医科大学医学部内科学第三講座 講師

要旨
 特発性肺線維症は鑑別すべき多数の間質性肺疾患の中から,画像,血液,肺機能検査などを総合し,診断を確定することが求められる疾患である.現在,本疾患の存在診断上有用な血液検査マーカーは,KL-6,サーファクタントタンパク質(SP)-A,SP-D である.これらは疾患の存在診断はもとより,治療効果の判定,予後の予測などにも役立つ.また,これらを疾患,病態に応じて使い分ける,あるいは複数を組み合わせることで,より正確な診断を導くことが可能である.

目次に戻る



第3章 診 断
画像診断

久保  武  京都大学医学部附属病院放射線部

要旨
 特発性肺線維症の診断は臨床,画像,病理所見に基づき総合的に行われるべきだが,画像所見は特徴的であり,CT 画像が診断において果たす役割は大きい.特発性間質性肺炎においては,一般的な間質性肺炎の特徴に加え,肺野の濃度上昇が比較的目立たない点と,特徴的な■胞状構造が画像上重要である.非特異性間質性肺炎(NSIP)型間質性肺炎が診断上最も問題となるので,その画像所見の特徴,特に分布の特徴を理解することも必要である.

目次に戻る



第3章 診 断
鑑別診断

小倉 高志  神奈川県立循環器呼吸器病センター呼吸器科 部長

要旨
 原因の明らかなびまん性肺疾患と特発性間質性肺炎とを鑑別するのが一番難しい作業である.特に特発性肺線維症(IPF)と鑑別する疾患としては,慢性過敏性肺炎,じん肺(特に石綿肺),膠原病性間質性肺炎(リウマチ,シェーグレン症候群,抗好中球細胞質ミエロペルオキシターゼ抗体:MPO-ANCA 関連肺疾患)が挙げられる.特発性間質性肺炎の中では,IPF と線維性非特異性間質性肺炎(f-NSIP)との鑑別が重要である.初診からIPFの急性増悪で発症した場合,急性経過で発症する急性間質性肺炎(AIP)も鑑別疾患になる.

目次に戻る



第4章 管理・治療
管理・治療

長井 苑子  京都健康管理研究会中央診療所/臨床研究センター 所長
  
要旨
 特発性肺線維症は特発性間質性肺炎の慢性型で,その病理組織型は通常型間質性肺炎である.ほかの間質性肺炎とは異なり線維増殖性疾患として理解されている.臨床経過は数年に及び,安定期,症状出現進展時期,急性増悪,末期の呼吸不全時期がある.抗炎症薬の治療効果には乏しいので,日常生活の管理指導が重要である.抗線維化薬や併存する肺高血圧に対する血管拡張薬の治療も現状では生存状況を基本的に改善はしない.呼吸不全進行時期には,対症療法として在宅酸素療法,少量のステロイド剤,肺血管拡張薬などの併用治療が副作用の発現を抑えて生活の質(QOL)を維持しうる.60 歳以下の進展例には肺移植も適用される.

目次に戻る



第4章 管理・治療
薬物療法・選択基準

田口 善夫  天理よろづ相談所病院呼吸器内科 部長

要旨
 特発性肺線維症(IPF)に対する治療としては,まず,病態的には慢性期および急性増悪期とに分けて考える必要がある.慢性期では対症療法が主体であり,疾患自体への治療は現時点で確立されたものがないことをまず認識しておくべきである.近年,新たな薬剤によるさまざまな治験が行われ,我が国でも pirfenidone の治験が終了し,今後市場に出ることが期待されている.しかしながら,現時点での治療薬としては手引きで示されたように従来からの免疫抑制薬とステロイドの併用療法が基本で,治療適応については慎重な判断が必要である.また,重要なことはIPFという病態自体が均一ではなくさまざまな病態が隠れている可能性の高い疾患であることを理解して対応する必要があることである.一方,急性増悪期に対しては間髪を入れずに治療する必要があり,呼吸不全に対する早期の人工呼吸管理やその他の補助療法などを併用する.いずれの病態でも予後は不良であることから,経過によっては終末期医療が必要となることも考慮すべきである.


目次に戻る


第4章 管理・治療
治療薬剤 (1)ステロイド剤・免疫抑制薬

井上 義一  国立病院機構近畿中央胸部疾患センター臨床研究センター
          呼吸不全・難治性肺疾患研究部 部長

要旨
 特発性肺線維症(IPF)は原因不明予後不良の肺疾患である.ステロイドおよび免疫抑制薬(アザチオプリン,シクロホスファミド,シクロスポリンA)で治療される.しかし,これら薬剤が有効とのエビデンスは少なく,副作用も少なくない.症状が安定している場合は無治療観察も選択となる.IPF の急性増悪では急性間質性肺炎に準じ,ステロイドのパルス療法が行われるが予後不良である.新たな治療薬の開発が待たれる.

目次に戻る



第4章 管理・治療
治療薬剤 (2)血管拡張薬

長井 苑子  京都健康管理研究会中央診療所/臨床研究センター 所長
半田 知宏  京都大学医学部附属病院呼吸器内科

要旨
 進行期特発性肺線維症では肺高血圧の合併がしばしば認められる.間質性肺炎の悪化が明らかでない場合の労作時息切れの増加の際には,肺高血圧の合併の可能性に留意すべきである.診断には右心カテーテル検査が必要であるが,ドプラー超音波による評価は定期的な肺高血圧のスクリーニング法として有用である.  近年,ホスホジエステラーゼー5阻害薬やエンドセリン受容体拮抗薬の効果が検証されている.間質性肺炎に合併した肺高血圧の病態にはさまざまな要因が関与していると推測されるため,幾つかの薬剤による併用治療についても効果が検討されるべきである.

目次に戻る



第4章 管理・治療
治療薬剤 (3)抗線維化薬

神尾 孝一郎   日本医科大学内科学講座(呼吸器・感染・腫瘍部門)
吾妻 安良太   日本医科大学内科学講座(呼吸器・感染・腫瘍部門)准教授

要旨
 特発性肺線維症(IPF)の主病態として,不可逆性の線維化が挙げられてる.従来,この線維化に先行する炎症病態を抑制する目的で投与されてきたステロイド剤や免疫抑制薬などがあるが,いずれも有効性に限界があるのは日常臨床において痛感するところである.予後を改善できる治療法がいまだに存在しない中で,新規の抗線維化薬の開発が積極的に進められている.Pirfenidone やボセンタンなど今後の臨床応用が期待できる薬剤も出現しつつあり,さらなる臨床試験の展開が待たれるところである.

目次に戻る



第4章 管理・治療
在宅酸素療法とNIPPV

富井 啓介  神戸市立医療センター中央市民病院呼吸器内科 医長

要旨
 特発性肺線維症(IPF)において在宅酸素療法の有効性を示すエビデンスは見あたらないが,労作中の著しい酸素飽和度(SpO2)低下がIPFの特徴であり,少なくとも肺高血圧合併例,労作時低酸素血症著明例では特に高濃度酸素吸入が運動耐容能改善に有効と考えられる.非侵襲的陽圧換気(NIPPV)に関してもエビデンスはないが,急性増悪期の酸素化改善を目的とした呼気終末陽圧,ならびに慢性悪化終末期の換気不全に対する圧補助は有意義と考えられる.

目次に戻る



第4章 管理・治療
呼吸リハビリテーション

玉木  彰   京都大学大学院医学研究科人間健康科学専攻 准教授

要旨
 特発性肺線維症(IPF)患者に対する呼吸リハビリテーションは,慢性閉塞性肺疾患患者に対するものと同様に,運動耐容能の維持または改善,呼吸困難の軽減,健康関連 QOL の向上などを目標として行われる.IPF 患者の運動を制限する因子として,特に大腿四頭筋を中心とした下肢筋力の低下が大きく関与しているため,それらの改善による効果が期待できる.しかし,現在のところ呼吸リハビリテーションの有効性を示すデータの蓄積はまだ不十分であり,今後 IPF 患者に対する1つの治療法と位置づけられるためには,さらなる研究が急務である.

目次に戻る



第4章 管理・治療
外科療法・肺移植

伊達 洋至   京都大学大学院医学研究科器官外科学講座呼吸器外科 教授

要旨
 特発性肺線維症は,内科的治療が限界に達したとき,肺移植が残された最後の治療法となる.世界では,脳死ドナーからの片肺移植が行われてきた.一方,日本においては脳死ドナー数が著しく少なく,多くの患者は待機中に死亡している.そこで,健康なドナー2人が右あるいは左の下葉を提供してレシピエントの両肺として移植する生体肺移植が行われるようになった.その成績は,極めて良好である.

目次に戻る



第4章 管理・治療
経過・予後

冨岡 洋海   神戸市立医療センター西市民病院呼吸器内科 医長

要旨
 特発性肺線維症(IPF)は,中間生存期間平均3年,5年生存率 20〜40% の予後不良な疾患である.自然経過として進行性に徐々に悪化していくパターンが一般的とされていたが,多くの患者は経時的に比較的安定しており,死亡に直結する急性増悪の重要性が注目されている.予後因子としては,胸部高分解能 CT(HRCT)上の線維化所見,KL-6やSP-Dの血清マーカー,肺機能の経時的変化,6分間歩行試験,肺高血圧などが重要である.

目次に戻る



第5章 ガイドライン
ガイドライン −グローバルな共通認識とその後の展開−

貫和 敏博   東北大学大学院医学系研究科内科病態学講座呼吸器病態学分野 教授

要旨
 ガイドラインは科学的根拠に基づく医学(EBM)思想が定着,普及するとともに,2000年前後より広く多方面の疾患で制定されるようになった.もちろんそれ以前にも診断の手引きは広く使用されていたが,専門家委員会による意見の集約的傾向が強く,既報論文の猟渉によるエビデンスを確立する立場からは不十分なものであった.間質性肺炎領域でのこうした条件を満足するガイドラインは 2000 年,米国胸部学会/ヨーロッパ呼吸器学会(ATS/ERS)が 1990 年代後半より準備をした“Idiopathic Pulmonary Fibrosis:Diagnosis and Treatment”1)であり,234 の文献が挙げられている.これに続き特発性間質性肺炎(IIPs)の“International Multidisciplinary Consensus Classification”2)が,これを補完するように 2002 年に報告され,次いで日本において『特発性間質性肺炎診断と治療の手引き』3)が 2004 年に日本呼吸器学会より刊行された.これらガイドライン制定の背景には,肺生検組織像と臨床経過・対応の集積,また技術革新としての高分解能 CT (HRCT)の普及が挙げられる.さらに制定の結果,実際にこれらガイドライン診断に基づく臨床試験が活発に実施されるようになった.しかし他方,組織像もより複雑な線維性非特異性間質性肺炎(f-NSIP)やわずかの通常型間質性肺炎(UIP)所見の混在病態の位置付けや,急性増悪の考え方などが次のガイドラインの項目として準備されている.本小文はこれら約 10 年の状況を概説し,ガイドラインの間質性肺炎診療へのインパクトを考える.

目次に戻る