要旨

最新医学 別冊 新しい診断と治療のABC 65/免疫5
HIV感染症とAIDS


第1章 概念・定義と疫学
定義と概念

山本 直樹   国立感染症研究所エイズ研究センター センター長

要旨
 後天性免疫不全症候群(AIDS)は 1981 年に米国で初めて新たな疾患概念として記載された.その2年後には原因がT細胞好性のヒトレトロウイルス HIV−1 であることが分かった.2008 年末の世界中の HIV 感染者の数は推計約 3,340 万人であり,これまでにすでに約 6,000 万人が感染したと予想されている.HIV 感染者の治療と発症予防については,ある程度の目処がついているが,感染予防ワクチン開発のゴールは今のところ見えない.

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第1章 概念・定義と疫学
HIV感染症とAIDSの疫学:世界と日本

長谷 彩希  国立感染症研究所エイズ研究センター
上西 理恵  国立感染症研究所エイズ研究センター
武部  豊   国立感染症研究所エイズ研究センター 室長

要旨
 1981 年に最初の AIDS 症例が報告されて以来,四半世紀以上が経過した.これまでに全世界で 5,000〜6,000 万人にものぼる人々が感染し,その半数以上の人々が死亡したものと推定される.この人類史上未曾有の世界流行(パンデミック)は,中央アフリカ地域に起源を持つと考えられるが,1980 年代以降全世界に波及している.本稿では,HIV 感染症をめぐる疫学の基礎知識と,世界と我が国における流行の現況を概説したいと考える.
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第2章 病理・病態生理
HIV−1感染の自然経過

三浦 聡之   東京大学医科学研究所先端医療研究センター感染症分野 准教授

要旨
 かつて HIV−1 感染症は“死に至る病”というイメージが持たれていた.今では,三剤以上の抗レトロウイルス薬併用投与により,ウイルス複製の抑制と CD4 陽性細胞の増加を図ることが可能となり,慢性疾患の様相を呈してきた.未治療の場合の HIV 感染症の自然経過は,大きく急性期,慢性無症候期および AIDS 期と分けて議論されることが多い.慢性無症候期には比較的安定した血中ウイルス量(セットポイント)が続き,そのレベルが AIDS への進行速度と正の相関を持つとされている.

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第2章 病理・病態生理
HIV−1感染症の病態生理

松下 修三    熊本大学エイズ学研究センター病態制御分野 教授

要旨
 HIV−1 は標的細胞であるCD4+T細胞に感染し増殖するが,細胞傷害効果によってこれを破壊する.結果的に免疫反応の司令塔であるCD4+T細胞数のバランスが崩れ,免疫不全に至る.強力な抗ウイルス薬の多剤併用療法は,この過程を抑え,免疫不全の進行を阻止するが,さまざまな問題点が残っている.現状を克服する新たな治療法の開発には,潜伏感染や HIV 関連慢性炎症などの病態解明が必要である.

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第3章 診断と症状・合併症
HIV感染症とAIDSの診断と指標

木村  哲  東京逓信病院 病院長

要旨
 HIV 感染症・AIDS の診断基準は診断技術や検査法の進歩,日和見合併症の病名の変更などによる何度かの改訂を経て,現在の 2007 年版の基準に至っている.その内容は HIV 感染症の診断基準と 23 の AIDS 指標疾患のリスト,およびそれらの診断方法の3部作となっている.本稿ではこれらについて解説した.  なお,『感染症法』も幾たびかの改訂を経て HIV 感染症・AIDS は現在,第五類感染症の全数把握疾患に分類されている.

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第3章 診断と症状・合併症
検査・画像所見

塚田 訓久   国立国際医療センター 戸山病院エイズ治療・研究開発センター
要旨
 HIV 感染症に特異的な症状・所見は存在せず,HIV 感染症の存在を疑って検査を行わなければ診断には至らない.免疫不全に伴う疾患や性感染症を発症した症例,リスク行為の既往がある症例には,積極的に検査を勧める必要がある.スクリーニング検査の感度は良好であり,現在普及している第4世代の検査ではウィンドウピリオドも短縮している.検査結果の告知にあたっては偽陽性の問題に配慮が必要である.
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第3章 診断と症状・合併症
日和見感染症

安岡  彰    長崎大学病院感染制御教育センター センター長

要旨
 日本では新規に HIV/AIDS と診断される患者が増加している.そのため,日和見感染症の発生数も増えており,その多くが一般の急性期医療施設で診断・治療が行われている.日本の日和見感染症は,ニューモシスチス肺炎,サイトメガロウイルス感染症,カンジダ症,結核が主要4疾患である.日和見感染症の発症は末梢血 CD4 陽性細胞数によって発症時期がおおむね規定されている.本稿では主要な疾患の診断治療について概説した.
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第3章 診断と症状・合併症
HIV−1感染症における悪性腫瘍

岡田 誠治   熊本大学エイズ学研究センター予防開発分野 教授

要旨
 抗 HIV−1 薬の開発により HIV−1 感染者の長期生存が得られるようになり,悪性腫瘍の合併がクローズアップされている.AIDS 指標悪性腫瘍のうち,カポジ肉腫と原発性脳リンパ腫の合併は減少傾向にあるが,ホジキンリンパ腫,肺癌,肝臓癌,ヒトパピローマウィルス関連腫瘍(肛門癌,口唇癌など)などの非 AIDS 指標悪性腫瘍の合併が増加している.HIV−1 感染者の長期予後の改善には HIV−1 感染のコントロールと悪性腫瘍の予防・早期発見が重要となる.

注-図1(p79)において原発性脳リンパ腫と非ホジキンリンパ腫のグラフが逆になっておりました。お詫びして訂正致します。
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第3章 診断と症状・合併症
HAV/HBV/HCVの重複感染

四柳  宏   東京大学医学部感染症内科 准教授
小池 和彦  東京大学医学部消化器内科 教授

要旨
 HIV 感染症に合併するウイルス肝炎について解説した.A型肝炎ウイルス(HAV)感染症はワクチンにより予防可能であるが,B型肝炎ウイルス(HBV)感染症に対するワクチンの効果は不十分である.B型慢性肝炎の治療にあたっては,核酸アナログ製剤が抗 HIV 作用を有することを考慮する必要がある.薬剤性肝障害や免疫再構築症候群にも注意が必要である.C型慢性肝炎の治療は抗レトロウイルス療法(ART)導入前に行うことが望ましいが,C型肝炎ウイルス(HCV)を排除できない場合は ART により肝障害の進行を遅らせる必要がある.

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第3章 診断と症状・合併症
HIV感染症の合併症

立川 夏夫    横浜市立市民病院感染症内科 部長

要旨
HIV 感染症に伴う合併症とは,心血管系疾患,HIV 関連腎障害,HIV 関連神経障害,悪性腫瘍,肝障害が重要な内容である.合併症を発症する機序は,HIV が直接感染する可能性,HIV 感染症に伴う慢性炎症などが関与する可能性など,複数の要因が考えられている.しかし,基本的には,早期に抗 HIV 療法を開始して「HIV 感染症による合併症を抑制する」方向に進みつつある.
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第4章 治療と管理・対応
HIV−1感染症とAIDS治療の基本戦略

岡  慎一   国立国際医療センター戸山病院エイズ治療・研究開発センター センター長
  
要旨
 治療の進歩により,HIV/AIDS 患者の予後は劇的に改善した.25 歳の感染者の余命が 40 年にまで延びたとの報告もある.この予後の改善に大きく寄与したのは,ガイドラインに基づいた多剤併用療法であることに異論はない.しかし,この数字はあくまでも予測であり,本当にすばらしい長期予後が得られるかどうかは,薬剤の副作用や耐性ウイルスへの対応にかかってくる.その意味で,長期治療を見据えた治療戦略がますます重要になってくる.

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第4章 治療と管理・対応
抗HIV療法:いつ,どのように開始するか

白阪 琢磨  国立病院機構大阪医療センターHIV/AIDS先端医療開発センター センター長

要旨
 HIV 感染症は治療の進歩で慢性疾患ととらえられるまでになったが,治癒はない.新薬登場および治療に関する新知見の蓄積から,治療ガイドラインも毎年改訂され,2009 年 12 月に米国保健福祉省(DHHS)らのガイドラインが大幅に改訂された.治療の目標にウイルス複製の抑制,免疫能回復に加え,HIV 関連の炎症や免疫賦活化の抑制,感染防止が加えられた.開始時期は一層早められ,推奨レジュメにインテグラーゼ阻害薬も登場してきた.本稿では,いつ,どうように,なぜ開始するかを簡単に述べた.


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第4章 治療と管理・対応
抗HIV療法:治療の失敗とサルベージ療法

四本美保子  東京医科大学臨床検査医学講座
福武 勝幸   東京医科大学臨床検査医学講座 主任教授

要旨
 HAART を続けているにもかかわらず,血中 HIV−1 RNA 量が十分に低下しない症例,いったん低下した後に再び検出される症例など治療の失敗が疑われる場合,まずは服薬率の確認,および薬物動態の問題がないかの確認を行い,内服中(中止後なら速やか)に薬剤耐性検査を行う.サルベージ療法の選択に際しては,耐性検査の結果とそれまでの治療経過をもとに,専門家へ相談することが重要である.
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第4章 治療と管理・対応
逆転写酵素阻害薬とプロテアーゼ阻害薬

馬場 昌範   鹿児島大学大学院医歯学総合研究科附属難治ウイルス病態制御研究センター センター長

要旨
 複数の逆転写酵素阻害薬とプロテアーゼ阻害薬の組み合わせによる,highly active antiretroviral therapy(HAART)の確立により,HIV−1 感染症の様相は劇的に変化した.一方で,薬剤の長期服用に伴う毒性や薬剤耐性ウイルスの出現など,HAART の問題点も明確化している.これらを克服する手段として,インテグレース阻害薬や CC ケモカイン受容体(CCR)5 阻害薬など,新規分子を標的とする抗 HIV−1 薬が実用化されているが,逆転写酵素阻害薬とプロテアーゼ阻害薬の HAART における重要性は今後も変わることはないだろう.
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第4章 治療と管理・対応
インテグラーゼ阻害薬と侵入阻害薬

潟永 博之   国立国際医療センター戸山病院エイズ治療・研究開発センター

要旨
 インテグラーゼ阻害薬は,逆転写後のプロウイルス DNA の宿主染色体への組込みを阻害するという新しいメカニズムを持った抗 HIV 薬で,有望な抗 HIV 薬である.侵入阻害薬には,HIV のセカンドレセプターとして働くケモカイン受容体の拮抗薬と,ウイルス膜と宿主細胞膜の融合阻害薬がある.ケモカイン受容体拮抗薬は,HIV のケモカイン指向性が異なると無効となるため,指向性検査が必要である.融合阻害薬は,HIV の膜タンパクの一部を模したペプチドであるため,注射剤である.

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第4章 治療と管理・対応
HAARTに見られる副作用とその対策

味澤  篤  がん・感染症センター都立駒込病院感染症科 部長

要旨
 HAART の長期投与に伴いさまざまな合併症が増加している.したがって,HAART による短期的な副作用のみならず長期的な副作用(脂質代謝異常,糖代謝異常,腎機能障害)に関して,よく理解し対策を立てることは重要である.核酸系逆転写酵素阻害薬のミトコンドリア障害,プロテアーゼ阻害薬による脂質代謝異常,糖代謝異常などへの対策が重要である.
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第4章 治療と管理・対応
薬剤耐性HIV−1発現と対応

横幕 能行   国立病院機構名古屋医療センター臨床研究センター感染・免疫研究部
杉浦  亙    国立病院機構名古屋医療センター臨床研究センター感染・免疫研究部 部長

要旨
 近年の抗 HIV 薬剤の進歩により,薬剤耐性 HIV に起因する多剤併用療法(HAART)失敗症例の頻度は低くなったものの,依然として HIV/AIDS の予後を左右する要因の1つである.また,新規 HIV/AIDS 診断症例の数%にも薬剤耐性 HIV が検出されることから,薬剤耐性検査の実施による抗 HIV 薬剤の選択およびアドヒアランスの維持が薬剤耐性 HIV の出現・誘導の予防に重要である.

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第4章 治療と管理・対応
妊産婦とHIV−1感染,母子感染

岩田みさ子  都立大塚病院産婦人科 医長
宮澤  豊   都立大塚病院 副院長/総合周産期センター センター長

要旨
 日本では HIV 母子感染予防対策により母子感染率が 0.5% 以下に抑えられている.しかし,HIV 感染者は増加しており,若年者では女性の比率が高い.そのため,今後も HIV 感染妊婦は増加することが予想され,母子感染を予防することは重要である.我が国の HIV 感染妊娠の現状と産科診療の問題点,母子感染予防対策について,厚生労働省研究班の報告書と『HIV 母子感染予防対策マニュアル第5版』の内容を中心に紹介する.
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第4章 治療と管理・対応
HIV検査と検査相談体制

加藤 真吾    慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室 専任講師
今井 光信    田園調布学園大学人間福祉学部 教授

要旨
 HIV 検査技術は飛躍的に進歩し,スクリーニング検査には抗原抗体同時検査や迅速検査,確認検査にはウェスタンブロット(WB)法に加えて遺伝子検査法が導入され,HIV 感染をより早期に診断できるようになった.このような技術的進歩のもと,保健所や病院での HIV 検査は順調に広がありつつある.しかしながら,新規感染数は増加の一途をたどっており,HIV 感染の早期診断・早期治療の普及と感染拡大の抑制のためには,より一層の受検しやすい検査相談体制の整備・拡充が重要となっている.

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第4章 治療と管理・対応
HIV感染予防と社会 −“複合予防”とWYSHプロジェクト−

木原 雅子    京都大学大学院医学研究科社会疫学分野 准教授
            国連合同エイズ計画共同センター センター長
木原 正博    京都大学大学院医学研究科社会疫学分野 教授
            国連合同エイズ計画共同センター

要旨
 最近,“複合予防”という概念が提唱されている.これは,行動の“修正”を焦点としてきた従来型の予防戦略の失敗を踏まえたもので,社会の総力戦としての予防のあり方を強調する概念である.行動を社会文化現象ととらえ,その社会構造の分析に基づいて開発・推進してきた我々の若者予防プロジェクトは,複合予防と多くの共通点を有する.HIV 流行が,先進国でも再燃してきた現状に鑑み,複合予防の観点からの対策の推進が望まれる.

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第4章 治療と管理・対応
HIV陽性者へのサポートとNPO/NGO

池上千寿子   特定非営利活動法人ぷれいす東京 代表

要旨
 HIV 感染症は抗ウイルス薬の登場により医学的には管理可能な慢性疾患になったと言える.早期発見が早期治療に結びつき,AIDS 発症で発見されるケースが減ることが望ましいので検査が推奨されている.一方,HIV 陽性者は生活者として個別かつ多様な困難を抱えて孤立しがちである.非営利団体/非政府組織(NPO/NGO)による告知後の支援活動は,専任相談員と陽性者仲間による支援という2つの手法で実施され,より良い療養・生活環境の整備を目指している.

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第5章 トピックス
ワクチン開発とその課題 −国際エイズワクチン学会2009からの最新情報−

滝口 雅文   熊本大学エイズ学研究センター センター長/教授

要旨
 HIV が発見されてから 30 年間以上,世界中で HIV に対するワクチン(エイズワクチン)の開発の試みがなされてきたが,いまだ成功に至っていない.しかし,タイで行った2種類のワクチンを組み合わせたPhaseVの臨床試験の結果が,2009 年 10 月 20 日からパリで行われた国際エイズワクチン学会(AIDS VACCINE 2009)で明らかになり,弱いながらもその効果がみられたという報告がされた.

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