要旨

最新医学 別冊 新しい診断と治療のABC 70/精神7
心的外傷後ストレス障害(PTSD)


第1章 概 要
トラウマ概念とPTSD


飛鳥井 望   財団法人東京都医学総合研究所 副所長
要旨
 不安恐怖を伴う強い精神的衝撃による“心の傷(トラウマ=心的外傷)”は精神的後遺症を生じうることが広く知られるようになった.近代精神医学はすでに1世紀以上にわたるトラウマ研究の歴史を持つが,その中ではさまざまな論争が繰り広げられた.1980 年の米国精神医学会基準(DSM−V)において心的外傷後ストレス障害(PTSD)が診断概念として登場してからは,トラウマ研究は PTSD 概念という共通の枠組みを得ることができ,その後の飛躍的研究進展につながった.

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第1章 概 要
疫学的知見

川上 憲人  東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻精神保健学分野 教授

要旨
 米国,オーストラリア,ニュージーランドなど高い頻度が報告されている国を除けば,我が国を含め多くの国では,地域住民の1%程度が過去12ヵ月に心的外傷後ストレス障害(PTSD)を経験している.PTSD と関連するトラウマティックイベントとしては,自らの生命の危険につながる暴力体験,性的被害,死や重傷の目撃,大切な関係にある者に起きた経験が挙げられる.これらのトラウマテイックイベントを経験した者では,我が国でも3〜10%の者が PTSD を経験している.

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第1章 概 要
国際治療ガイドライン

前田 正治   久留米大学医学部神経精神医学教室 准教授
大江 美佐里  久留米大学医学部神経精神医学教室
           チューリヒ大学病院精神科精神療法科

要旨
 数多くある心的外傷後ストレス障害(PTSD)治療ガイドラインの中で,3つの代表的なものを取り上げてそれぞれ概観した.ガイドラインの目的や作成手法,対象とする利用者などの相違がある中で,薬物療法に関しては選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)を第1選択薬としており,精神療法としてはトラウマ焦点化認知行動療法(TF−CBT)を推奨していることはほぼ共通している.しかし,薬物療法と精神療法のどちらを優先して行うべきかなどガイドラインで異なっている見解もあり,地域差や文化差を考慮すれば,ガイドラインの実際の使用にあたっては,現存する治療資源リソースなどを勘案することが必要である.

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第1章 概 要
災害後の精神保健活動のマネージメント

加藤  寛   兵庫県こころのケアセンター 副センター長

要旨
 自然災害や大事故後に精神保健活動を提供する必要性は広く認知されており,阪神・淡路大震災以降のほとんどの自然災害では実際の活動が提供された.災害後早期の精神保健活動をマネージメントする際の必要事項について,事前準備から復興期への移行までの段階に応じて説明した.そのうえで,複数の地方自治体を巻き込む大災害における活動の問題点について,2011 年3月 11 日に発生した東日本大震災をもとに考察し,今後整備すべきシステムについて提言した.

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第1章 概 要
犯罪被害者支援

中島 聡美  国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所成人精神保健研究部
          犯罪被害者等支援研究室 室長

要旨
 犯罪の被害者は,心身に深い傷を負い,心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神障害や QOL の低下に長期に苦しんでいることが報告されている.被害者の回復のためには,心理面や生活,刑事司法などの支援が不可欠である.日本では,2004 年に「犯罪被害者等基本法」が公布され,基本計画に基づき,国や地方公共団体で犯罪被害者への施策が進められるようになった.犯罪被害者の抱える問題,と支援の進展,および医療現場での支援のあり方についてまとめた.

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第2章 PTSD の生物学
Fear circuit モデル

塩入 俊樹   岐阜大学大学院医学系研究科精神病理学分野 教授

要旨
 Fear circuit モデルでは,扁桃体の異常過活動状態と海馬(HC)や前頭葉などの機能低下が存在する.扁桃体が過活動により遠心性に視床下部や中脳灰白質,青斑核や結合腕傍核が活性化され,視床下部−下垂体−副腎(HPA)系や交感神経系の亢進,ノルアドレナリン(NA)の増加による血圧・心拍数の上昇,回避行動や過換気などが出現する.これらの身体症状は新たな感覚刺激としてさらに扁桃体を活性化する.そして,本来扁桃体の働きを抑制する前頭葉の機能不全と文脈的な情報をつかさどる HC によって,扁桃体の過活動状態が維持されてしまう.

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第2章 PTSD の生物学
PTSDの画像研究

大溪 俊幸    東京都立松沢病院 医長
笠井 清登    東京大学大学院医学系研究科精神医学教室 教授

要旨
 神経画像研究により内側前頭皮質と辺縁系の相互連絡が心的外傷後ストレス障害(PTSD)の病態の中心であることが明らかになり,双生児研究で海馬体積の減少が PTSD に至る脆弱性因子であることが示唆された.一方,脳形態異常の成因に遺伝と環境の相互作用が関与する可能性や,PTSD の改善により脳形態や脳機能が変化することが報告されている.今後,PTSD の神経画像研究による知見が,診断や適切な介入,治療効果判定に役立てられることが期待される.
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第2章 PTSD の生物学
恐怖記憶の分子生物学

鈴木 章円    富山大学大学院医学薬学研究部医学部生化学講座
井ノ口 馨    富山大学大学院医学薬学研究部医学部生化学講座 教授

要旨
 心的外傷後ストレス障害(PTSD)発症予防や新たな治療法確立への研究は盛んに行われているが,現在のところ効果的な方法は数少ない.動物モデルにおける恐怖記憶形成メカニズムの研究は,PTSD などの不安障害に対する発症予防や治療法の確立に役立つ情報をもたらすと考えられている.本稿では,恐怖記憶形成に関与する3つのプロセス(固定化,再固定化,および消去学習)に着目し,これらの役割について報告する.

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第3章 治療法
症状評価尺度

飛鳥井 望  財団法人東京都医学総合研究所 副所長

要旨
 心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断基準には,世界保健機関基準(ICD−10)と米国精神医学会基準(DSM−W−TR)とがあるが,各国の臨床研究や治験などで広く使用されているのは DSM である.評価尺度は大きく自記式質問紙法(IES−R など)と構造化診断面接法(CAPS など)に分けることができる.自記式質問紙法は簡便であるが,診断精度には一定の限界がある.一方,構造化診断面接法は時間と労力はかかるが,診断精度はより優れている.目的によって両者を使い分けることが薦められる.


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第3章 治療法
薬物療法

廣常 秀人  国立病院機構大阪医療センター精神科 科長

要旨
 現在多くの心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療ガイドラインが示されているが,すべてが統一したものではなく,細かいところで一致しないところがある.薬物療法については,選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)が第1選択薬であることはおおむね合意が得られている.しかし,その治癒率は高いとは言えず,常套的に優先されることは推奨されない.したがって,曝露療法など認知行動療法を取り入れた精神療法,心理教育,症状に応じた増強療法,環境調整を併用するのが,標準的な治療と思われる.

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第3章 治療法
トラウマ焦点化認知行動療法

元村 直靖  大阪医科大学看護学部精神医学 教授

要旨
 トラウマ焦点化認知行動療法(TF−CBT)の心的外傷後ストレス障害(PTSD)に対する効果が明らかになってきている.心的外傷に蓋をしてしまうのではなく,向き合うことがこの治療には必要である.本稿では,TF−CBT として,長時間曝露(PE)療法(フォア),認知療法(エーラーズ),子どもの TF−CBT を取り上げ,さらに眼球運動脱感作再処理法(EMDR)について解説を加えた.

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第3章 治療法
サイコロジカル・ファーストエイド

明石 加代  兵庫県こころのケアセンター研究部第1部門 主任研究員

要旨
 サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)とは,災害など集団が巻き込まれる緊急事態への対応として推奨される心理的支援法である.災害時の心理的支援は,病理よりも,人が持つ回復力に焦点を合わせる方向に変わりつつある.PFA は疾病予防を目的とする介入ではなく,自然な回復力を引き出し,支えることを目的としている.精神保健の専門家だけではなく,被災者にかかわるすべての人が学び,実践することができる.


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第4章 各種イベント
自然災害(早期)

黒澤 美枝   岩手県精神保健福祉センター 所長

要旨
 自然災害早期における精神保健医療課題には,不眠,精神障害者の服薬中断や症状悪化,トラウマ反応,急性ストレス障害(ASD)などがある.支援の基本はサイコロジカル・ファーストエイド(PFA)などの安心感を得られるような対応である.大規模災害では,精神科診察場所の確保や啓発普及などの精神保健活動,救援者へのメンタルケアも必要となる.自身の精神健康を保持しながら活動するためには,現場で高揚する心理状況の自覚と,安全,ローテーションや休養時間の確保が重要である.

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第4章 各種イベント
自然災害(中長期)

鈴木 友理子  国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所成人精神保健研究部
          災害等支援研究室 室長

要旨
 自然災害の中長期には,“幻滅期”と呼ばれる時期を支え,被災者における回復の格差に配慮して対応する必要がある.人々のレジリエンスや回復力を基盤にした支援姿勢が重要である.また,災害初期に築いた“こころのケア”に対する信頼と期待にこたえられるか,その真価が問われる時期である.このニーズにこたえるためには,精神保健専門家のスキル向上や体制の整備と共に,かかりつけ医や地域保健従事者らとの連携が欠かせない.

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第4章 各種イベント
交通事故

松岡  豊   国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所成人精神保健研究部
          診断技術研究室 室長
西  大輔   国立病院機構災害医療センター精神科 科長

要旨
 交通事故は一般市民が経験する心的トラウマとしては頻度が高く,日本の重傷者における1〜6ヵ月時点心的外傷後ストレス障害(PTSD)有病率は約8%である.交通外傷患者の約半数が外傷性脳損傷(TBI)を伴うが,その程度が重いほど,PTSD 発症率が低いことが示されている.事故後 PTSD には予防介入や早期治療を行うチャンスがあり,認知行動療法,薬物療法,多職種協同のケースマネジメントが試みられている.最後に,w3 系脂肪酸による PTSD 予防の試みについて紹介した.
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第4章 各種イベント
性暴力被害

齋藤  梓  上智大学総合人間科学部心理学科
         公益社団法人被害者支援都民センター

要旨
 深刻な性暴力被害は,被害者に重篤な精神的後遺症をもたらす.レイプや強制わいせつといった被害では,ほかの犯罪被害や災害被害に比べて心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症率も高く,その影響の大きさがうかがえる.一方で,性暴力被害では解離症状が生じる場合も多く,被害による影響を軽視されやすいため,対応や症状の評価には注意が必要である.以下,性暴力被害の発生数,PTSD 発症率,被害後の精神的反応および被害者への対応についてまとめた.
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第4章 各種イベント
配偶者間暴力

加茂登志子  東京女子医科大学附属女性生涯健康センター 教授

要旨
 配偶者間暴力(DV)は我が国においても頻度が高く,公衆衛生的問題として位置づけられる.DV は被害者本人に対し身体・精神全般に健康障害を及ぼすだけでなく,子どもにも多大な影響を与える.被害者の回復にはまず,安心・安全で安眠できる環境が必要であり,症状回復が滞る場合,専門的な治療的介入によってもなお,困難がある.治療には,社会的資源の活用や親子相互交流の回復も視野に入れ,長期的な視点に立った援助が必要である.
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第4章 各種イベント
原子力災害

小西 聖子  武蔵野大学大学院人間社会研究科 教授

要旨
 チェルノブイリ原発事故では,うつ状態,心的外傷後ストレス障害(PTSD)を含む不安,医学的に説明されない身体症状が増加した.しかし,放射線の影響と原発事故被災に伴う持続的ストレスの影響の関連については,いまだ議論がある.今後,福島原発事故の避難者にも,同様の症状が生じることが懸念される.不安が生じることは正常な反応であることを考慮しつつ,過剰な不安を下げるような介入を行うべきである.女性,特に妊婦,小さい子どもを持つ母親,精神科既往などに注意を払うべきである.
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第4章 各種イベント
外傷的な死別後の遺族のケア −喪失とトラウマの理解−

瀬藤 乃理子  甲南女子大学看護リハビリテーション学部 准教授
村上 典子   神戸赤十字病院心療内科 部長

要旨
 外傷的な死別の後では,しばしば強烈な“死別反応”と“トラウマ反応”の両方が混在しながら出現する.遺族支援にあたっては,その両者の本質的な問題を理解し,トラウマケアのみならず,死別に焦点を合わせたケアが必要となる.本稿では,死別のケアにおいて,複雑性悲嘆(CG)を予防するという視点を持つことの重要性や,遺族支援を実際に行う場合の留意点や注意点,具体的な援助のあり方について概括した.
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第4章 各種イベント
惨事ストレス

重村  淳  防衛医科大学校精神科学講座 講師

要旨
 2011年3月11日に発生した東日本大震災において,被災地の救援者・支援者たちは災害対応に追われ,全国各地からも救援者・支援者が前代未聞の規模で被災地に駆けつけた.救援者・支援者は業務の中で惨事ストレスを体験し,一部の者においてそのストレス反応は遷延化し,有病率は一般被災者よりも高いことが知られている.救援者・支援者の回復を促進するための組織的な惨事ストレス対策は,喫緊の課題である.
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第5章 子どもの PTSD
災害と子ども

奥山眞紀子  国立成育医療研究センターこころの診療部 部長

要旨
 災害が子どもに与える衝撃は大きい.しかし,大人たちが大変な状況になる中で,子どもの問題に目を向ける余裕がないことも少なくない.ここでは,災害による子どもへの影響を,トラウマ,喪失(特にトラウマ性喪失),環境の変化,慢性のストレスの影響という4つの視点からまとめた.災害時に子どものトラウマを考えるときには,多角的な視点で子どもの心理的衝撃とそれへの反応を理解して,支援することが重要である.
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第5章 子どもの PTSD
子ども虐待のトラウマ

杉山登志郎  浜松医科大学児童青年期精神医学講座 教授

要旨
 子ども虐待によるトラウマは,愛着障害と慢性のトラウマが引き起す複合的な病理である.子ども虐待によって生じる愛着障害は,これまで過少診断されてきた経緯があるが,最重度の自閉症類似の病像から,注意欠陥多動性障害(ADHD)類似の病態,さらに虐待的絆まで広がりを有する.また,子ども虐待によって生じる解離性障害とフラッシュバックも,極めて広範な臨床像を呈し,解離性幻覚も認められる.これらの諸特徴を概説し,そのケアについて述べた.
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第5章 子どもの PTSD
子どものPTSDの治療

亀岡 智美  大阪府こころの健康総合センター相談診療部 部長

要旨
 子どもの心的外傷後ストレス障害(PTSD)診断においては,子ども自身から心的外傷体験について聴取することや,年齢によって異なる症状を適切に評価することが必要である.欧米の幾つかのガイドラインでは,子どもの PTSD 治療の第1選択としてトラウマ焦点化認知行動療法(TF−CBT)が推奨されている.しかし,症状が重篤な場合や TF−CBT へのアクセスが困難な場合には,薬物療法も1つの選択肢となる.また,すべての治療経過を通して,心理教育は重要な要素である.
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