要旨

最新医学 別冊 新しい診断と治療のABC 83/精神9
アルコール依存症


第1章 概念・定義と疫学
概念・定義

池田 官司   北海道文教大学人間科学部作業療法学科 教授

要旨
 アルコール依存症の概念について,現在用いられているアルコール依存症の国際疾病分類(ICD)−10による定義と,その成立の歴史的な背景,さらに大きな改変が成された精神障害の診断と統計の手引き(DSM)−5のアルコール使用障害の概要などを概説した.DSM−5では“依存症”という用語が使用されなくなり“乱用”と共に“アルコール使用障害(AUD)”の用語のもとに統合されることとなった.

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第1章 概念・定義と疫学
疫 学

尾ア 米厚   鳥取大学医学部社会医学講座環境予防医学分野 教授

要旨
 アルコール依存症は,人口動態統計,患者調査による受療統計を見ると,男性で減少傾向,女性では横ばい状態にあり,推計受療患者数も2011年では16,700人と少ない.2013年の飲酒行動に関する全国調査によると,アルコール使用障害同定テスト(AUDIT)得点が16点以上(潜在的アルコール依存症者)の者は,男性4.6%,女性0.7%であった.AUDIT得点が20点以上(アルコール依存症の疑い)の者は,男性2.1%,女性0.2%であった.国際疾病分類第 10 版(ICD−10)基準のアルコール依存症該当者の割合は,男性1.0%,女性0.2%であった.より軽度の問題飲酒者の割合は男性を中心に減少している可能性があるが,重度の者の状況は改善していない.若年者では飲酒行動の男女差がなくなってきている.現在アルコール依存症の推計数(ICD−10)は58万人,AUDIT20点以上の者の推計数は 113 万人となる.

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第2章 病理・病態生理
病理・画像所見

松井 敏史   杏林大学医学部高齢医学教室 准教授
横山 顕     国立病院機構久里浜医療センター内科 臨床研究部長
水上 健     国立病院機構久里浜医療センター内科 内視鏡健診センター部長
木村 充     国立病院機構久里浜医療センター精神科 精神科部長
松下 幸生   国立病院機構久里浜医療センター 副院長
神ア 恒一   杏林大学医学部高齢医学教室 教授
丸山 勝也   国立病院機構 久里浜医療センター 名誉院長
樋口 進     国立病院機構 久里浜医療センター 院長

要旨
 世界保健機関によると,飲酒は60以上の疾患に関与するとしている.長期かつ過度の飲酒者を体現するアルコール依存症者では,肝機能障害を含む身体疾患や認知機能低下などの中枢神経疾患が高頻度に合併する.画像検査は,これらアルコール依存症者の形態異常を可視化する.超音波検査やCTは肝疾患・膵疾患を,内視鏡検査は消化管疾患を,また MRI 検査は,頭蓋内の萎縮や脳血管病変を描出し,併存疾患の把握や治療戦略に供する.

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第2章 治療と予防
病態生理 1.神経科学

池田 和隆   東京都医学総合研究所精神行動医学研究分野 プロジェクトリーダー

要旨
 アルコールは報酬効果を持つことで依存症を引き起す.また,睡眠,痛覚,認知,運動制御など,さまざまな脳神経機能に影響する.アルコールはγ−アミノ酪酸(GABA)受容体チャネルやGタンパク質活性化型内向き整流性カリウム(GIRK)チャネルを開口させ,N−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)受容体チャネルを阻害する.このほか,さまざまな酵素の活性に影響して,細胞内シグナル伝達を変化させ,神経細胞の形態や神経新生に影響する.

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第2章 病理・病態生理
病態生理 2.行動薬理

芝崎 真裕   星薬科大学薬品毒性学教室
鈴木 勉     星薬科大学薬品毒性学教室 教授

要旨
 エタノールは,ベンゾジアゼピン類と共通した行動薬理作用を持ち,脳内の興奮と抑制の神経バランスを妨げる.また,エタノール摂取時にはセロトニンやドパミン,さらに内因性オピオイド・リガンドであるβ−エンドルフィンの遊離が促進されることも知られている.このように,エタノールは多様な作用を介し,中枢神経系に影響を及ぼすと考えられている.本稿では,エタノールが中枢神経系を介して発現する行動の変化について概説する.

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第2章 病理・病態生理
アルコール代謝とアルコール依存症

白鳥 彩子    山口大学大学院医学系研究科法医・生体侵襲解析医学分野
藤宮 龍也    山口大学大学院医学系研究科法医・生体侵襲解析医学分野 教授

要旨
 アルコールは主に肝臓で代謝される.酸化系経路が中心的な役割を果たし,アルコール脱水素酵素(ADH)やシトクロムP450(CYP),カタラーゼによってアセトアルデヒドに代謝された後,アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)によってアセテートに代謝される.ADH1BやALDH2には遺伝子多型が存在し,高活性型のADH1B*2遺伝子,非活性型ALDH2*2遺伝子は日本人を含む東洋人に多く見られる.これら遺伝子多型はアルコール依存症の発症に関与する遺伝因子となる.

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第3章 診 断
診 断

宮田 久嗣    東京慈恵会医科大学精神医学講座 教授
石井 洵平    東京慈恵会医科大学精神医学講座

要旨
 アルコール依存症の診断として,まず,早期発見のためのスクリーニング検査として CAGE 質問表,久里浜式アルコール症スクリーニングテスト(KAST),アルコール使用障害同定テスト(AUDIT)を紹介した.次に,依存症の診断として基本的な構成概念が作成されたWHOの“アルコール依存症候群”(1977年)を紹介し,次に,現在依存症の診断に最も一般的に使用されている,WHOの国際疾病分類(ICD)−10と米国精神医学会の精神障害の診断と統計の手引き(DSM)−5を解説した.

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第3章 診 断
生物学的マーカー(バイオマーカー)

相馬 仁   札幌医科大学医療人育成センター教育開発研究部門 部門長・教授

要旨
 アルコール依存症にかかわるバイオマーカーとして,飲酒の量や習慣などの状態を示すマーカー(state marker),遺伝的負因を示すマーカー(trait marker)がある.また,state marker と trait marker の両方の性質を持つマーカーもある.アルコール依存症発症の分子機構は不明で,双極性障害などとの併存(comorbidity)が多いことも,アルコール依存症の複雑さを示す.バイオマーカーは,感度と特異度の高さ,測定のしやすさと再現性,サンプル採取の侵襲性が低いことが求められる.

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第4章 治 療
アルコール使用障害(軽症アルコール依存症)の治療

杠 岳文       国立病院機構肥前精神医療センター 院長
武藤 岳夫      国立病院機構肥前精神医療センター 医長

要旨
 我が国のアルコール医療は,断酒を唯一の治療目標として,主に重症のアルコール依存症患者を対象に展開されてきた.ヨーロッパでは,ハームリダクションの観点から,アルコール依存症患者に対しても節酒を容認している.ブリーフ・インターベンションの有効性を示すエビデンスの蓄積や早期介入に対する社会の要請もある中で,一般診療科に,有害な使用〜軽症アルコール依存症患者に対する節酒指導が普及し,専門治療施設とのさらなる連携が期待される.

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第4章 治 療
アルコール依存症の精神療法

長 徹二    三重県立こころの医療センター 医長

要旨
 アルコール依存症は飲酒をコントロールできない脳の疾患であり,その治療の中心を担うのは心理・社会的な治療である.精神療法については,初回面接のかかわりを重視し,「飲みたい」と「やめたい」の両価的な悩みに付き合い続けていくことが,最も基本的かつ重要である.そのためには,本音で話すことができる関係性を構築し,自己効力感を高めながら,変わろうとする勇気を長期的に支えていくことを忘れないようにしたい.

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第4章 治 療
アルコール依存症の医療機関におけるリハビリテーション

田中 増郎      信和会 高嶺病院精神科 医長
橋本 耕司      信和会 高嶺病院精神科 院長
長 徹二        三重県立こころの医療センター 医長

要旨
  医療機関で行われるアルコール依存症治療は,依存症治療全体の一部分であり,徐々に社会参加するリハビリテーションが不可欠で,アルコール依存症患者が生活体験を通じて社会性を再獲得することが重要である.ゆえに,依存症専門医療機関では,通院,デイケア,そして自助グループ参加,などを行っている.さらに,地域住民との連携や回復者スタッフの雇用も導入しており,結果としてスティグマ軽減につながっている.

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第4章 治 療
断酒療法がうまくいかなかったときの工夫(節酒療法,動機づけ面接法,ごほうび療法など)

成瀬 暢也   埼玉県立精神医療センター 副病院長

要旨
 アルコール依存症の治療において断酒がうまくいかないときは,症状が重篤な場合を除いて,節酒から試みてもよい.その際は,良好な治療関係の構築と動機づけに重点を置き,“動機づけ面接法”の習得,“ごほうび療法(随伴性マネジメント)”の導入,介入ツールの活用,“ようこそ外来”の徹底,渇望期の対処などの工夫をしている.ただし,これらは共感性の高い治療者が提供して初めて,効果が期待できることに留意したい.

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第4章 治 療
地域における治療(地域ネットワーク)

白坂 知信    北仁会石橋病院 院長
岩橋 香澄    北仁会石橋病院
木村 直友    北仁会石橋病院
梶浦 章弘    北仁会石橋病院
白坂 知彦    手稲渓仁会病院

要旨
 アルコール依存症(AL 症)は「アルコール使用障害」と病名が変わり,治療も入院中心医療から外来治療重視の方向になり,治療目的も“断酒”一辺倒から“節酒”も選択が可能となってきた.アルコール問題は厚生労働省の5疾病5事業の1つとなり,“保健・福祉”の視点での援助が期待されている.使用障害の考え方では,援助対象者は200万〜500万人と著しく増加する.多くの患者は在宅のため,地域活動が予防早期治療に効果的である.アウトリーチは精神科医療の新しい患者援助システムであり,地域ネットワーク活動の基本である.

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第4章 治 療
自助グループ

辻本 士郎   ひがし布施クリニック 院長

要旨
 自助グループはアルコール依存症の回復には不可欠であり,予後にも大きな影響を与える.アルコール依存症には完治はなく飲酒再発の危機は常にあり,生活地域の中での長期にわたる一貫した継続的支援が必要である.再発の防止には自助グループは大きな役割を果たしている.自助グループの本質を大切にする連携のシステムの構築が大切であり,行政・医療・自助グループによる三位一体の連携は,そのモデルとなると考える.

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第4章 治 療
家族への支援

田辺 等     北海道立精神保健福祉センター 所長

要旨
 アルコール依存症の治療は,家族の相談が医療導入の契機になることが多く,家族への適切な支援により,依存症治療の初期介入が始まる.最初に来談した家族を共感的に受容し,依存症の正しい理解で自責感や罪悪感から解放し,家族自身がエンパワメントされるよう支援する.適切な支援により,家族は治療に良い影響を与える協力者となり,家族自身の精神健康を得るために,家族の自助グループを活用するようになる.

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第4章 治 療
衝動・逸脱行動に対する対処

松本 俊彦     国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 
            薬物依存研究部診断治療開発研究室 室長
           自殺予防総合対策センター 副センター長

要旨
 アルコール乱用・依存患者が示す衝動・逸脱行動は,援助者側の陰性感情を刺激し,援助者側の事情による治療中断を招きやすい.しかし,こうした行動の背景には,さまざまな程度のアルコール使用が影響を与えていることが少なくない.したがって,援助困難な衝動性を示す患者に遭遇した際には,絶えず物質使用が衝動性を促進している可能性がないかどうかを検討する姿勢が大切である.

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第4章 治 療
アルコール離脱(退薬)期の対応(薬物療法を中心に)

小宮山 徳太郎    社会医療法人栗山会飯田病院精神科 副院長

要旨
 筆者は“退薬”の用語を使ってきた.そのため本稿では“離脱(退薬)”の表記にしたが,“退薬”と“離脱”は厳密には違うことを最初に述べた.そして,退薬後の臨床経過でよく知られている早期離脱(退薬)症状と後期退薬症状(振戦せん妄)の2つの症状群の後に,遷延性退薬徴候が続くことを述べた.それぞれの stage ごとの治療薬について述べたが,遷延性退薬徴候は精神依存の退薬症状と考えられ,その従来の薬物療法にアカンプロサートを加えることで効果が得られる事例にふれた.
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第4章 治 療
嫌酒薬,抗渇望薬の使用法

佐久間寛之     国立病院機構久里浜医療センター
樋口 進        国立病院機構 久里浜医療センター 院長

要旨
 アルコール依存症治療において,薬物療法は心理社会的治療をサポートして断酒を支援するツールである.嫌悪反応を利用した従来の嫌酒薬(ジスルフィラム,シアナミド)に加え,飲酒渇望を抑制するアカンプロサートが 2013 年から発売された.今後,飲酒量を減少させる減酒薬 nalmefene の治験も予定されている.本稿では,嫌酒薬,抗渇望薬,減酒薬について概観し,メカニズム,使用のコツについて述べる.

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第4章 治 療
併存精神症状への対処(薬物療法を中心に)

中野和歌子      産業医科大学医学部精神医学教室 講師
中村 純         産業医科大学医学部精神医学教室 教授

要旨
 近アルコール依存症は併存疾患を伴うことが多く,本稿では高率に合併する気分障害を中心に概説した.うつ病の合併例の治療に際しては,双方の疾患に対する治療方針を考えながら進めていくことが重要である.薬物療法に関しては,一定期間の断酒を行ってから抑うつ症状の評価を行ったうえで開始することが望ましい.抗うつ薬は,選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)が望ましいと言われているが,十分なエビデンスが得られていないのが現状である.

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第4章 治 療
未来の細胞療法

鵜飼 渉     札幌医科大学医学部神経精神医学講座 講師

要旨
 精神疾患治療において,対人的・社会的な認知障害を有し,社会生活が困難な重度の精神疾患患者,特に,治療の中心である薬物療法や電気痙攣療法にも反応性の乏しい難治症例に対する有効な対処法は少なく,こうした患者群に対して,各診療医が手探りで診療にあたっている現状がある.こうした局面を打破すべく,我々は,幹細胞移植と,薬剤・運動・リハビリテーション・集団療法を組み合わせる新たな治療法の開発を進めており,現状の報告とともに,これらの試みについて知見を紹介する.

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第5章 アルコール依存症の関連障害
アルコール関連脳神経系障害

米田 博      大阪医科大学 総合医学講座神経精神医学教室 教授

要旨
 アルコール関連脳神経障害のうち,認知機能障害は超高齢社会を迎え,重要な課題となっている.アルコール関連認知機能障害は種々の原因によって引き起され,ことにビタミン欠乏症であるウェルニッケ・コルサコフ症候群は,早期に介入することによって治療可能な認知機能障害として重要である.このような身体的な基盤が明らかではなく,アルコールの直接的影響で発症するアルコール性認知症は,精神障害の診断と統計の手引き(DSM)−5を始め,診断基準ごとに位置付けが異なり,神経病理学的に特異な所見が見られないとの指摘もあり,その病態について,今後さらなる検討が必要である.

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第5章 アルコール依存症の関連障害
アルコール精神病性障害・残遺精神病

櫻井 大路     千葉大学大学院医学研究院精神医学教室
橋本 佐      千葉大学大学院医学研究院精神医学教室 講師
伊豫 雅臣     千葉大学大学院医学研究院精神医学教室 教授

要旨
 アルコール精神病性障害は,幻覚と妄想といった症状を中心とする二次性精神病である.酩酊時に急性に見られる幻覚妄想は病的酩酊と呼ばれているが,慢性的に大量飲酒を繰り返している患者では,離脱後も幻覚や妄想が持続する場合がある.この場合,離脱せん妄や統合失調症を含む,一次性精神病との鑑別が困難なことが多い.物質誘発精神病性障害の中でアルコールを原因とするものは比較的まれであり,現在も不明な点が多い疾患である.

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第5章 アルコール依存症の関連障害
ダルト・チルドレンとDV

信田さよ子     原宿カウンセリングセンター 所長

要旨
 アルコール依存症者の男性が妻に対して暴力をふるう.それを病気の症状とすればそこに加害責任は発生しない.疾病化されることで“意志が弱い”というスティグマから自由になった依存症者が,ドメスティック・バイオレンス(DV)の加害責任を負うことを回復にどう位置づけるのか.また,アダルト・チルドレン(AC)は酔った夫のDV被害者である母も加害者に成りうることを指摘する言葉である.開業カウンセリングにおいて,免責性と加害責任,被害者の加害者化という視点は欠かせない.

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