最新医学54巻12号

特集要旨


再生医学と生命倫理

西 川 伸 一
京都大学大学院医学研究科 分子遺伝学 教授

要旨
 再生医学では,ヒト胎児材料を利用した治療が重要な柱となる.最近のヒト胚性幹細胞 (ES 細胞) 樹立におけるアメリカでの議論をみていると,再生医学を志すものがいわゆる生命倫理の問題について確かな意見を持たずして,研究にかかわることができないことは明らかである.本稿では,再生医学にかかわる幾つかの生命倫理の問題について私見を述べることで,今後この分野に進出されようとする人々に何らかの示唆,あるいは批判材料を与え,今後の議論の足しにして頂きたいと考え,あえてこの問題を取り上げた.

↑目次に戻る




ヒトES細胞株の樹立とその意義

中 辻 憲 夫

京都大学再生医科学研究所 発生分化研究分野 教授

要旨

 これまで遺伝子改変マウスの作製などで重要な役割を果たしてきた ES 細胞株が,ヒト初期胚細胞や中絶胎児由来始原生殖細胞から樹立された.未分化幹細胞として培養下で無制限に増殖可能な ES 細胞を,神経細胞や造血系細胞に分化させることによって,ドナーの出現に頼らない細胞移植治療に使用する可能性が具体化している.動物クローニングとも関係する技術的考察と倫理的問題点の整理によって今後の展開を考える.

↑目次に戻る




心不全に対する細胞移植治療の可能性

榊 原 裕   米 田 正 始
京都大学医学部 心臓血管外科

要旨
 心臓には再生能がないため,現時点では心臓移植が重症心不全症例に対する唯一の治療手段である.しかしドナー心不足が切実な問題であり,近年細胞移植による心筋再生が試みられている.ドナー細胞には心筋細胞,骨格筋細胞,中胚葉性幹細胞や胚性幹細胞から誘導した心筋細胞が期待されており,ラット胎児心筋細胞移植の結果,移植心筋細胞の宿主梗塞巣内での生存・分化・増殖,宿主心筋細胞との結合,心機能の改善が認められた.

↑目次に戻る




骨髄細胞を用いた心筋細胞の分化誘導

福 田 恵 一
慶應義塾大学医学部心臓病先進治療学 講師

要旨
 心筋細胞は生後間もなく終末分化して細胞分裂を行わなくなる.我々は骨髄間質細胞中の未分化幹細胞が 5-アザシチジンを投与することにより心筋細胞に分化誘導できることを明らかにした.骨髄間質細胞由来の心筋細胞は自己拍動能を有し,周囲の細胞と連結し同期して収縮した.また,収縮タンパク質の遺伝子発現は胎児型を呈した.再生・新生させた心筋細胞の心臓への移植により,新しい心不全の治療につながるものとして注目を集めている.

↑目次に戻る




血管前駆細胞の同定と血管再生への応用

山 下 潤*1  伊 藤 裕*1 西 川 伸 一*2  中 尾 一 和**1

*1 京都大学大学院医学研究科 臨床病態医科学・第二内科 **1 同 教授 
*2 同 遺伝医学講座分子遺伝学 教授

要旨
 血管は,内皮細胞とその周囲を取り巻く壁細胞 (血管平滑筋細胞・ペリサイト) の2種類の細胞から構築される臓器である.血管の再生は,これら血管構成細胞の分化誘導と血管構造への再構築による血流の回復を最終目標としている.近年血管の発生分化機構の分子生物学的・発生生物学的研究は急速に発展し,血管構成細胞の前駆細胞の同定が進みつつある.我々の胚性幹細胞 (ES 細胞) を用いた知見を中心に最近の血管再生の試みについて概説する.

↑目次に戻る




再生における血管内皮前駆細胞の重要性

浅 原 孝 之
タフツ大学医学部セント・エリザベスメディカルセンター 心血管部門 助教授

要旨
 生体内で血管内皮前駆細胞が発見された.この細胞は骨髄由来で血液中を循環し,創傷治癒,虚血,腫瘍などの病理学的血管形成,あるいは子宮卵巣などの生理学的血管形成に関与していることが判明した.発生学的な血管内皮前駆細胞と照らし合わせ,成体の血管内皮前駆細胞の系統学的な研究が望まれる.この細胞を応用した細胞療法,遺伝子治療などによる再生医学的医療応用が期待されている.

↑目次に戻る




肝臓における幹細胞システムとその再生治療への応用

谷 口 英 樹
筑波大学臨床医学系 外科 (消化器) 講師

要旨
 臓器移植や人工臓器などによる 「臓器置換」 という治療コンセプトは医療として確立されつつあるが,その限界も明らかである.腕が切断されたら再び新しい腕をはやしてやるといった,組織や臓器の再構築による治療法の確立が,21 世紀の外科学の1つの方向性であろう.幹細胞は,ある組織を構成する細胞集団の根幹に位置する細胞であり,その分化・増殖機構の解明が,幹細胞システムの人為的操作による再生治療への基盤となる.すなわち,肝臓を標的とした 「臓器再生」 の実現に向けて,現時点で最も重要なことは,肝臓における幹細胞システムを解明することである.

↑目次に戻る




HGFによる腎再生


水 野 信 哉*1*2 中 村 敏 一**1
*1 大阪大学医学部バイオメディカル教育研究センター 腫瘍生化学研究部 **1 同 教授 *2 COE 特別研究員

要旨
 肝細胞増殖因子 (HGF) は肝再生因子として見いだされたが,さまざまな傷害を受けた腎臓の実質組織に再生を誘導する腎再生因子 (レノトロピン) であることも分かってきた.すなわち,HGF は内因性修復因子として急性腎不全の治癒を導く一方,慢性腎不全では代償期の存続に重要な役割を果たす.このような作用を持つ HGF の補充療法は,さまざまな腎臓疾患の病態に基づいた合理的な治療戦略と考えられ,今後の臨床応用が待ち望まれる.


↑目次に戻る



膵臓の再生の分子機構−特にベータ細胞の発生・分化機構を中心に−

細 田 公 則*   藤 倉 純 二*   岩 倉 浩*
松 田 淳 一*   孫 徹*   益 崎 裕 章*
小 川 佳 宏*   林 達 也*   伊 藤 裕*
井 上 元*   吉 政 康 直**  中 尾 一 和***
* 京都大学大学院医学研究科 臨床病態医科学・第二内科 
** 同 講師 ***同 教授

要旨
 膵ベータ細胞の再生の分子機構は,胎生期のベータ細胞の発生・分化機構に基づいて考えられている.膵の内分泌細胞と外分泌細胞は内胚葉に由来する.ベータ細胞の発生は,原腸陥入,結節と脊索の形成,前腸の形成,前腸の内胚葉の一部が膵臓に分化する位置情報,内胚葉から内分泌細胞と外分泌細胞への分化機構,内分泌細胞から4種類のホルモン産生細胞への分化,成熟,終末分化,膵島の形成,インスリン抵抗性への代償性のベータ細胞の再生などのステップに分けて考えることができる.ジーンターゲッティングなどの方法により,アクチビンやFGF2などの脊索由来シグナル,周囲の間葉系より分泌されるフォリスタチンなどのシグナル,Shhやアクチビンのオートクリン (自己分泌) 作用,転写因子の HNF ファミリーのカスケード,Notch を介する細胞間シグナルとその下流の bHLH タンパク質による転写調節,IPF 1/PDX 1,Hb 9,Nkx 2.2,Nkx 6.1,Isl 1,Pax 4,Pax 6 などによる転写調節,IGF-IR,IRS-2 を介する細胞内情報伝達機構の関与が明らかにされている.


↑目次に戻る


造血幹細胞移植


中 畑 龍 俊
京都大学大学院医学研究科発生発達医学講座発達小児科学 教授

要旨
 造血幹細胞移植の基になる幹細胞を体外で増幅し,これを移植医療に応用しようとする研究の現状を概説した.我々は最近,可溶性 IL-6 受容体と他のサイトカインを組み合わせた液体培養法を用いたヒト造血幹細胞の新しい増幅法を開発した.本法によりヒト造血幹細胞を数倍に増幅できることが NOD/SCID マウスを用いた測定法により確認された.最近話題となっている胚性幹細胞 (ES 細胞) を用いた造血幹細胞増幅の可能性についても触れた.

↑目次に戻る



神経系幹細胞を用いた神経機能再生


高 橋 淳
京都大学大学院医学研究科脳神経外科


要旨
 成体哺乳動物の脳にも幹細胞が存在することが明らかとなった.この神経系幹細胞は,bFGF または EGF の存在下で自己増殖し,周囲の環境に応じてニューロン,アストロサイト,オリゴデンドロサイトへと分化する.また移植後は,環境に応じて移動することも観察されている.この細胞を利用した神経機能再生を目指して現在さまざまな実験が行われており,本稿では,成体ラット海馬由来の幹細胞を中心に現状と展望を述べる.

↑目次に戻る




骨芽細胞の分化制御にかかわる分子群

野 田 政 樹**  辻 邦 和*   高 澤 祐 治* 古 屋 高 一*   関 矢 一 郎* 儀 武 啓 幸*   二 藤 彰*
* 東京医科歯科大学難治疾患研究所機能・調節疾患研究部門 分子薬理学 ** 同 教授


要旨
 骨組織は生体内の組織の中で,数少ない完全な再生が可能な組織であり,その基盤には骨のリモデリング機構が存在する.骨組織の再生を行うために,骨芽細胞の分化機構の理解が重要であり,CBFA とともに骨芽細胞分化の決定因子として機能する転写因子群の解明が必要となる.また,これらの分子を制御するサイトカイン群の中で,BMP,FGF は骨組織再生のために最も応用の期待される分子群であり,その応用とともに作用機構における研究が進展しつつある.骨組織を再生するに当たり,骨髄内に存在する幹細胞のプールをいかに応用するかが今後の課題となる.


↑目次に戻る



軟骨再生の分子機構と治療への展開


開 祐 司
京都大学再生医科学研究所 教授


要旨
 血管に富む骨は旺盛な再生能力を持っているが,その表面を覆う関節軟骨は再生能力の極めて乏しい組織である.そのために,いったん,関節軟骨の表面が損傷を受けると,容易に変形性関節症へと移行する.一方,軟骨分化を制御する増殖分化シグナルの実体が,次第に明らかとなってきている.そこで,増殖分化制御シグナルを利用して骨髄に由来する軟骨幹細胞を活性化することによって,関節軟骨の再生修復を促進する試みがなされている.

↑目次に戻る