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最新医学55巻1号

特集要旨


アプローチ:遺伝子医療の発展

香 川 靖 雄

女子栄養大学副学長

要旨

 現代の遺伝子医学は,まれな単一遺伝子病から生活習慣病を含む多因子遺伝子病の解明へ,さらにDNAチップの開発によって個人対応の1次予防やがん治療へと進んでいる.また従来の遺伝子治療は,代替え治療法のない致死的疾患を対象とした第1世代から,重症生活習慣病のQOL改善を目標とした第2世代に移行している.将来は組織工学と脳科学へ遺伝子医療が発展しよう.欧米では出生前診断が成果を挙げたが,倫理への配慮が要求される.

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アデノシンデアミナーゼ欠損症の遺伝子治療

崎 山 幸 雄**1  有賀 正*1  川村信明*2
*1 北海道大学医学部遺伝子治療 **1 同教授 *2 同小児科

要旨
 1995年8月から,アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損による重症複合免疫不全症の4歳男児に遺伝子治療を行っている.遺伝子治療は,患児の末梢血リンパ球を標的細胞にレトロウイルスベクターを用いて5-10% の遺伝子導入効率で,1997年3月までに11回反復後に中断された.中断30カ月を経て,患児末梢血単核細胞にはベクター由来のADA遺伝子が10%,5-10単位のADA酵素活性を認め,ほぼ正常の免疫能を保持している.

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免疫によるがんの遺伝子治療の現状

谷 憲三朗
東京大学医科学研究所附属病院内科助教授

要旨
 遺伝子治療臨床研究が米国を中心に始まり,約10年の月日が経つ.この間,300以上の臨床研究が世界中で行われ,すでに患者数は米国だけでも3,000を越えている.これらの臨床研究の約8割はがん患者を対象にしており,そのうちの6割以上がいわゆる免疫遺伝子治療である.本稿では,がんに対する免疫遺伝子治療の現状について概説するとともに,我々の研究グループで実施中の腎がんに対する免疫遺伝子治療の現況について紹介させて頂く.この新しい治療戦略は21世紀の医療に大きく貢献するものと思われるが,その前に幾つかのハードルをクリアーする必要がある.

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がん関連遺伝子を標的とした遺伝子治療

藤原 俊義*  門脇 嘉彦*  田中 紀章**

* 岡山大学医学部第一外科** 同教授

要旨
 がんは遺伝子変異の蓄積により発生する「遺伝子病」であり,発がんの過程にはがん遺伝子の活性化およびがん抑制遺伝子の不活化などが複雑に関与している.正常な状態ではこれらのがん関連遺伝子は細胞の増殖や分化を制御しており,その機能喪失によりがん細胞としての悪性形質が獲得される.がん関連遺伝子を標的とした「遺伝子治療」は,異常遺伝子の機能修復を目指しており,既存の化学療法や放射線療法とは異なるコンセプトに基づいた治療戦略である.臨床試験を含めた今後の研究開発により,画期的な治療法となることが期待される.

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悪性グリオーマの遺伝子治療

中原 紀元*1  水野 正明*2  吉田 純**1
*1 名古屋大学大学院医学研究科 脳神経外科学
**1  同 教授 *2 同 遺伝子治療学

要旨
 分子生物学の進歩により多くの疾患の本態が分子レベルで次々と明らかにされる一方で,分子病態に基づいた治療法の開発が進められている.その1つが遺伝子治療である.ここでは,極めて予後不良な悪性グリオーマの現状と,この疾患に対する遺伝子治療について自殺遺伝子治療と免疫遺伝子治療を中心に解説し,その将来を展望した.

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循環器疾患の遺伝子治療

青木元邦*1  森下竜一*2  金田安史**2
*1 大阪大学医学系研究科加齢医学講座 *2 同遺伝子治療講座**2 同助教授

要旨
 循環器疾患における遺伝子治療は確実に現実の臨床の場に上がりつつある.すでに米国では血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を用いた再狭窄,狭心症,閉塞性動脈硬化症に対する遺伝子治療が実施されており,その効果は驚くベきものであった.遺伝子導入による内皮再生,血管新生は従来の治療では得られない効果である.日本では肝細胞増殖因子(HGF)を用いた遺伝子治療のプロトコルが申請されており,その効果が期待される.

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HIV感染症の遺伝子治療


松 下 修 三
熊本大学エイズ学研究センター病態制御分野 教授

要旨
 強力な抗ウイルス薬の多剤併用療法(HAART)が導入され,HIV 感染症の臨床像は大きく改善した.我々が計画していた遺伝子治療とほぼ同じプロトコルで米国では第U相臨床試験が行われたが,開始後約1年で遺伝子治療群にもプラセボ群にも HAART が行われ,結果的に両群とも改善し,遺伝子治療の有効性は証明されなかった.HAARTが後天性免疫不全症候群(AIDS)の治療に与えたインパクトは非常に大きく,計画されていた遺伝子治療はすべて見直しとなった.HAART導入後の諸問題を踏まえた新たな治療戦略の1つとして,遺伝子治療は考え直されている.


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新しい遺伝子導入/遺伝子治療技術の開発

島 田  隆
日本医科大学第二生化学高度先端医療技術開発センター 遺伝子治療研究部門 教授

要旨
 特定の細胞だけを治療する細胞ターゲッティングや特定の遺伝子を治療する遺伝子ターゲッティングは,次世代の遺伝子治療にとって不可欠な技術である.ベクターや細胞を改変してターゲッティングを行う方法が開発されている.相同組換え,DNA修復,RNA修復による遺伝子ターゲッティング法の研究も開始されている.これらの技術が実用化されれば,安全性や倫理性の問題が解決され,遺伝子治療の応用範囲は飛躍的に広がると考えられる.


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生活習慣病の遺伝子−糖尿病と遺伝子−


松田 万幸*  谷沢 幸生**  岡 芳知***
* 山口大学医学部第三内科  ** 同講師 *** 同教授

要旨
 糖尿病の発症には,生活習慣をはじめさまざまな環境要因が関与している.加えて,疾患そのものの多様性のため原因遺伝子の解明は困難である.しかし一方で,単一遺伝子の異常が発症に強く関与する特殊な病型を中心として原因遺伝子の解明が進んできた.現在までに,インスリン遺伝子,インスリン受容体遺伝子,グルコキナーゼ遺伝子,HNF-1アルファ遺伝子,HNF-4アルファ遺伝子,HNF-1ベータ遺伝子,IPF1遺伝子やミトコンドリア遺伝子の異常により糖尿病が発症することが明らかになっている.しかしながら,これらの遺伝子異常による糖尿病患者は全体の数%以下であり,大部分の2型糖尿病患者では発症に関与する遺伝因子は不明である.最近,2型糖尿病遺伝子(NIDDM1−NIDDM3)の染色体上の局在が明らかになった.今後,これらに対応する遺伝子の実体解明が待たれる.

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遺伝子診断


福嶋 義光
信州大学医学部衛生学 教授、同附属病院遺伝子診療部


要旨
 遺伝病の遺伝子診断には,出生前診断や発症前診断など人生のあらゆる時期に可能であることや,遺伝子が血縁者間で共有されており個人の遺伝子情報が他の血縁者にも影響を与えることがあるなど,従来の臨床検査とは異なる面があるので,倫理的に十分配慮する必要がある.遺伝病の遺伝子診断を臨床の場で用いる場合には,遺伝子診断を遺伝カウンセリングの一環として位置づけ,包括的に対応することのできる遺伝子診療システムの中で扱われることが望まれる.

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DNAチップとその応用

久原 哲***  牟田 滋*  田代 康介**
* 九州大学大学院生物資源環境科学研究科 遺伝子制御学 **同助教授  ***同教授


要旨
 各生物が保持する全遺伝子の構造が,ここ数年間のゲノムシークエンスプロジェクトの進展により,次々と明らかにされつつある.この成果をどのように生かして,生命現象の謎を解き,産業に結びつけるかが次の大きな課題と言える.その1つとして,細胞内におけるすべての遺伝子の発現量を一度にモニターするシステムの構築が考えられ,DNAマイクロアレイあるいはGeneChipを用いた実験法と解析法が注目されている.


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日本人のゲノム多型について


森谷 眞紀*1  板倉 光夫*2
*1 徳島大学医学部 分子栄養学(大塚)講座
*2 徳島大学ゲノム機能研究センター 教授


要旨
 ポストシーケンス時代のゲノム研究の目標は,ヒトゲノム解読の成果と日本人ゲノム多型に関する情報を用いて,ヒトの疾患,特に common diseases(ありふれた病気)に代表される多遺伝子性疾患の疾患感受性遺伝子の同定,その治療と予防法を開発するゲノム機能学(functional genomics)の確立にある.そのために,日本人のゲノム多型マーカー,単一ヌクレオチド多型を用いる関連解析および連鎖不平衡解析を行う必要がある.

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ゲノムインプリンティング(刷り込み)


木住野 達也*  新川 詔夫**
*長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設 分子医療部門 ** 同教授


要旨
 ゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)とは,「親の配偶子依存的で後成的なゲノム上の修飾による遺伝子発現の変化」であり,由来する親の性別に依存して遺伝子発現の程度が異なる現象である.ゲノム刷り込みは哺乳類の初期発生に重要な役割を果たしており,ヒトにおいては従来のメンデルの法則では説明のつかなかった遺伝病および悪性腫瘍の発症機構にも関与しているものと考えられている.インプリンティング病の代表的な先天異常症として,Prader-Willi 症候群,Angelman症候群,Beckwith-Wiedemann症候群が挙げられる.

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遺伝子医療における倫理的諸問題


米本 昌平
三菱化学生命科学研究所社会生命科学研究室 室長


要旨
 ヒトゲノム計画の進展に併せて社会的・倫理的問題に拍車がかかった結果,この分野の研究が進み,発症前検査の倫理的原理が明確になってきている.この問題に対して米国はプライバシー権の強化で乗り切ろうとしており,欧州は技術規制を志向し,国際的な共通価値観を確立しようとしている.日本も遺伝カウンセラーの養成など社会的条件を整える必要がある.

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