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最新医学57巻2号

特集要旨



アプローチ:内分泌撹乱物質


香山不二雄
自治医科大学保健科学講座主任教授

要旨
 広範に使用されてきた化学物質の中に,毒性試験で問題とならないような ppt レベルの低濃度で,内分泌系のメッセージ伝達の撹乱を介して生殖器官の異常や内分泌,免疫,神経系に影響を与える内分泌撹乱物質の存在が認識されるようになった.現在,残留性の高い PCB,ダイオキシン類,有機塩素系農薬などと並んで内分泌撹乱物質の疑いのある化学物質について,環境調査や生体への暴露評価,作用メカニズムの解明のために各国で研究が進んでいる.それらの疑いのある化学物質が ppb,ppt の濃度で河川水にも検出される状況にある.中でも環境残留量が魚類などに影響を与える濃度になっている化学物質について,使用および廃棄の抑制策が環境省から勧告され始めている.しかし,微量の内分泌撹乱物質のヒトへの暴露量評価および種々の健康影響に関して,因果関係を示すほどの疫学研究の報告はほとんどなされていない.内分泌撹乱物質の暴露量の評価と健康影響評価ができる研究を系統的に行う必要がある.さらに,医薬および健康食品に使用している天然および合成ホルモン製剤についても,総合的に影響評価を行い,そのリスク評価法を確立し,環境の安全性確保のコストベネフィットの考えも入れながら,一般人に分かりやすいリスクコミュニケーションをしていく必要がある.

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内分泌撹乱物質の標的分子としての核内ステロイド受容体


加藤茂明*1*2
*1 東京大学分子細胞生物学研究所核内情報教授
*2 科学技術振興事業団CREST

要旨
 内分泌撹乱物質の標的分子として現在まで最も有力視される候補因子は,薬物受容体(ダイオキシン受容体:AhR)と核内性ステロイドホルモン受容体である.AhR はヒトでは1種のみしか存在しないが,数多くの低分子量の脂溶性生理活性物質が作用する.一方,核内性ステロイドホルモン受容体群は1つの受容体スーパーファミリーに属し,ヒトでは 60 種に上る.いずれもリガンド誘導性転写制御因子として,標的遺伝子群の発現を転写レベルで制御する.
 本稿では,内分泌撹乱物質の有力な標的分子としての核内受容体の機能を概観することで,内分泌撹乱物質の作用標的分子としての可能性を考えたい.

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植物エストロゲンと人工化学物質


荒尾行知*   池田和博*   香山不二雄**
* 自治医科大学保健科学講座 ** 同主任教授

要旨
 人工の化学物質が,野生生物の生殖や発育・発達の異常を内分泌機能の撹乱によって引き起こす原因になっていることが示唆されてきている.一方,自然界にはもともと動物の生殖能に影響を及ぼすような物質(植物エストロゲン)を含んだ植物が存在する.多くの植物エストロゲンの生理活性の分子メカニズムは,内因性エストロゲンとは異なっている.今後,植物ホルモンと人工化学物質の同時暴露の影響を明らかにしていく必要がある.

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生殖器系への影響−動物実験の視点から−


大村 実
九州大学大学院医学研究院環境社会医学専攻衛生学

要旨
 in vitro 実験でホルモン活性が認められている物質については,動物実験でも生殖器系への悪影響が数多く報告されている.ただ,そのような物質であっても,生殖器系への影響が内分泌撹乱作用によると結論づけるには慎重であるべきである.また,リスク評価という観点から考えれば,内分泌撹乱物質を対象とした動物実験では,その低用量効果を評価できるように従来よりも低用量域での検討が必要であると考えられる.

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内分泌撹乱物質の免疫系への影響


坂部 貢
北里研究所病院臨床環境医学センター部長

要旨
 生体防御系としての免疫系は,神経系や内分泌系など他の器官系と相互に影響し合い,いわゆる「神経系−内分泌系−免疫系」のクロストークを通して恒常性維持に働くことが,数多くの研究によって明らかになっている.本稿では,内分泌系のうち,特に性ホルモン(または性腺)に焦点を絞り,性ホルモンの免疫応答への影響についてまず提示し,性ホルモン様作用を有する環境化学物質がヒトを含めた免疫系に対してどのような影響を及ぼすかについて,in vitro および in vivo の最近の知見について解説し,「免疫撹乱物質」としての「内分泌撹乱物質」の作用について警鐘を鳴らした.

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内分泌撹乱物質の中枢神経系への影響


黒田洋一郎
東京都神経科学総合研究所

要旨
 内分泌撹乱物質の中枢神経系の機能発達への影響はいまだに研究が少なく,これからの分野と言える.最も注目され研究が進み始めているのは,甲状腺ホルモン系がいかに脳の発達に影響を与えているかで,ダイオキシン,PCB など環境から人体への蓄積が報告されている環境化学物質を実験動物に投与すると,次世代の行動に異常が起こるというデータが集まり始めている.

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野生生物の異変と解明された機序


井口泰泉*1   鷲見 学*2
*1 岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所統合バイオサイエンスセンター教授
*2 環境省環境保健部環境安全性保健専門官

要旨
 多くの野生動物種の個体数の減少に,環境の変化とともに残留性農薬や PCB 類を含む内分泌撹乱物質が関与している可能性が指摘されてきた.環境省は平成 13 年8月に,界面活性剤の代謝物であるノニルフェノールの魚類に対するリスク評価を行った.ノニルフェノールの環境中濃度,魚類のエストロゲン受容体への結合性,さらにはメダカに精卵巣やビテロゲニンを誘導する濃度,環境予測濃度を考慮し,魚類に対しては,環境中のノニルフェノールの濃度を減少させる必要があることを取りまとめた.

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内分泌撹乱物質の健康影響に関する疫学研究から−周産期曝露の影響を中心として−


仲井邦彦*   佐藤 洋**
* 東北大学大学院医学系研究科環境保健医学助教授 ** 同教授

要旨
 内分泌撹乱物質,特に PCB による周産期曝露の健康影響について,心理行動および認知への影響を解析した疫学研究を解説した.母親の PCB 曝露が児の出生後の心理行動,認知の発達に影響することが示されており,児への移行は量的には母乳を介するものが多いが,健康影響では胎児期曝露の比重が大きいことが明らかにされている.PCB による曝露の最大の標的は乳児ではなく胎児と考えられる.またメチル水銀,鉛,カドミウムの摂取も重要な交絡因子であり,このような化学物質の摂取には食習慣,食文化が深くかかわり,我が国独自の疫学の必要性が示唆された.

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内分泌撹乱物質の次世代や男性生殖器への影響とその評価に関する新しい試み


森 千里
千葉大学大学院医学研究院環境生命医学教授

要旨
 内分泌撹乱物質のヒトへの影響として,精子数の減少や尿道下裂などの先天異常の増加が疑われている.ここでは,次世代への影響(臍帯を用いた胎児暴露調査結果や諸外国の報告)と,男性生殖器への影響(精子数,精巣調査,精子形成不全症候群,精巣腫瘍,尿道下裂,停留精巣)について概略する.また,ヒトへの影響評価は複合暴露影響や感受性の差などを考慮しなければならず,従来の毒性評価方法に加えて,バイオマーカーや Toxicogenomics(毒性遺伝子情報学)を用いた新しい評価方法の確立が望まれている.

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内分泌撹乱物質の女性生殖機能への影響


堤  治*1*2
*1 東京大学医学部産科婦人科教授
*2 科学技術振興事業団 CREST

要旨
 内分泌撹乱物質の汚染はヒトの生殖器官にも及び,ダイオキシンやビスフェノールAなどは卵胞液や羊水にも検出される.ヒトの生殖機能への影響は不明な点が多いが,環境中ないしヒト体液中濃度における作用,低用量作用究明の重要性が認識される.さまざまな実験系の中で着床前初期胚は被曝の感受性が高く,低用量作用も観察され,内分泌撹乱物質研究上で有用な手段と考えられる.

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男性生殖への影響Testicular Dysgenesis Syndrome について


岩本晃明***  野澤資亜利*   馬場克幸**
* 聖マリアンナ医科大学泌尿器科 ** 同講師 *** 同教授

要旨
 最近,精巣腫瘍,尿道下裂,停留精巣の発生頻度の増加,精液の質の低下,男児出生率の低下などの報告に加えて,男性不妊症の治療に対する補助生殖技術の要求も高まってきた.Skakkebaek らは,これらの病態が何らかの外的環境要因によって共通に起こったもので,生殖機能障害の1つの範疇,testicular dysgenesis syndrome(TDS)としてとらえられるとの新しい概念を唱えた.本稿では TDS について解説する.

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化学物質による内分泌撹乱


後藤公宣*1  岡部泰二郎*1 土岐美年*2  名和田 新**1*3
*1 九州大学大学院医学研究院病態制御内科(第三内科) **1 同教授
*2 有限会社アルファ
*3 科学技術振興事業団 CREST

要旨
 エストロゲン様作用,抗アンドロゲン様作用を有する化学物質による内分泌環境の破壊が懸念されている.これらの化学物質は,その2次元的化学構造式からは受容体への結合を予測することは困難である.また,化学物質の中にはステロイドホルモン合成酵素に直接作用する物質もあり,注意深いスクリーニングが必要である.

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ダイオキシン類のリスクアセスメント


遠山千春*1  間正理恵*2
*1 独立行政法人国立環境研究所環境健康研究領域領域長,科学技術振興事業団戦略的基礎研究内分泌かく乱領域チームリーダー
*2 社団法人環境情報科学センター調査研究室

要旨
 日常的にヒトは,平均して1日当たり 2.60pg TEQ/kg 体重程度のダイオキシン類に暴露している.ヒトが一生にわたりダイオキシン類を摂取しても毒性が現れない安全基準である耐容1日摂取量は,我が国においては 4pg TEQ/kg 体重と定められている.しかし,低用量のダイオキシン類への暴露によって,内分泌撹乱作用を介して生殖発生,脳機能・行動,免疫機能に影響が出ることが疫学的・実験的研究により明らかとなってきた.毒性発現には,アリール炭化水素受容体が主要な役割を果たしている.受容体を介した転写制御と毒性発現を結ぶメカニズムの解明が待たれる.

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内分泌撹乱物質のリスク評価とリスクコミュニケーション

関沢 純
国立医薬品食品衛生研究所化学物質情報部室長

要旨
 リスク評価は,種々の分野の知見を総合的に検討・評価して判断を下す手法と枠組みを前提にしており,環境ホルモン物質の問題ではそのような対応が特に必要とされた.具体例をもとに,低用量影響の問題など環境ホルモン物質のリスク評価において新たに提出された問題について検討を加えた.我が国におけるリスクコミュニケーションの在り方についての分析結果と,今後のあるべき方向についての提言を紹介した.
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