最新医学58巻5号 特集要旨



プリオン病研究の歴史と最近の進歩


金子清俊
国立精神・神経センター神経研究所 疾病研究第七部部長
科学技術振興事業団CREST

要  旨
  プリオンは "proteinaceous infectious particles"(感染性を持つタンパク質粒子)から作られた造語である.現在では,プリオン病の原因であるところの感染型プリオンタンパク質(PrPSc)が,正常型プリオンタンパク質(PrPC)の高次構造変換を来し,PrPC を自らと同じ PrPSc 型の立体構造に変換させることにより PrPSc が複製されるとの概念(プリオン説)が広く受け入れられている.現在のプリオン病治療・予防法開発の試みは,1)基礎実験・理論からのアプローチ,2)現在医薬品として承認されている薬の中から臨床応用に直結するプリオン病治療薬を見つけだそうというアプローチに大きく分けられる.

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プリオンとプリオンタンパク質

村本 環
東北大学大学院医学系研究科病態神経学分野

要  旨
 プリオンの主成分である異常型プリオンタンパク質は,細胞の正常な構成成分である正常型プリオンタンパク質の構造が変化し,同時に特異な物理化学的性状を獲得したものである.両プリオンタンパク質をタンパク質分解酵素処理すると,異常型は分子アミノ末端が切断されてカルボキシル末端側断片である PrP27-30 が生じるが,正常型は容易に分解されてしまう.PrP27-30 を検出することは,異常型プリオンタンパク質の存在を検出する有効な方法である.

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プリオン病の病理概説

村山繁雄   齊籐祐子
東京都老人総合研究所 老化臨床神経科学研究グループ(神経病理)

要  旨
 プリオン病とは,不溶性異常プリオンタンパク(PrPSc)が沈着し,進行性中枢神経障害を来す病態を指す.孤発性,感染性,遺伝性に分類され,発症者の PRNP 遺伝子多型および変異の有無,および PrPSc の電気泳動上の易動度による1型,2型などの型別が,臨床・病理型を支配する.灰白質の海綿状変性(海綿状脳症)を主体とするものを Creutzfeldt-Jakob 病(CJD)と総称し,クールー斑主体のものと区別する.

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プリオン病の分類と疫学

志賀裕正
東北大学医学部附属病院神経内科

要  旨
 プリオン病はその原因によって孤発性,家族性,感染性に分類される.日本の孤発性プリオン病の特徴は,プリオンタンパク質コドン 129 の遺伝子多型が,Met/Met の割合が 94.6%と欧米に比較して高いことである.家族性プリオン病は家族内発症が確認されない症例も多く,遺伝子診断にて初めて診断可能となる.また,コドン 105(Pro→Leu),コドン 180(Val→Ile),コドン 232(Met→Arg)など日本でのみ確認されている点変異例が存在する.感染性プリオン病では,硬膜移植例は日本で,成長ホルモン製剤によるものはフランスで頻度が高い.

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孤発性 Creutzfeldt-Jakob 病

山田正仁
金沢大学大学院医学系研究科脳老化・神経病態学 (神経内科学)教授

要  旨
 孤発性 Creutzfeldt-Jakob 病(CJD)はヒトのプリオン病の約8割を占める.典型例は亜急性の痴呆,ミオクローヌス,小脳・視覚・錐体路・錐体外路症候,脳波上の周期性同期性放電を呈し,数ヵ月以内に無動無言状態に陥り,海綿状脳症,シナプス型のプリオンタンパク(PrP)沈着の病理像を示す.それ以外にさまざまな臨床亜型や非典型例が存在する.孤発性 CJD の表現型は PrP 遺伝子コドン 129 多型および PrP のウエスタンブロットのパターンと関連し,それに基づく分類が用いられている.

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Gerstmann-Straussler-Scheinker 病と 遺伝性プリオン病

袖山信幸*   水澤英洋**
* 東京医科歯科大学大学院脳神経機能病態学 ** 同教授

要  旨
 遺伝性プリオン病には,Gerstmann-Straussler-Scheinker 病(GSS),痙性四肢麻痺を伴う GSS,家族性致死性不眠症(FFI)などが含まれるが,その臨床像は,痴呆と小脳失調が緩徐に進行し 10 年近い経過をとる GSS から,進行性不眠などの自律神経障害を呈し約1年で無動無言状態となる FFI まで多彩である.診断には特徴的な臨床症状からまず本症の可能性を疑うことが大切で,確定のためにプリオンタンパク遺伝子の検索が重要である.

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医原性プリオン病-特に硬膜移植による Creutzfeldt-Jakob 病-

佐藤 猛*1  榎本 雪*2  増田眞之*3
*1 東大和病院神経内科 *2 国立療養所道北病院神経内科 *3 東京医科大学第三内科

要  旨
 医原性プリオン病の中で患者が多発したのは,日本における硬膜移植後 Creutzfeldt-Jakob 病(CJD),およびフランス,英国,米国でのヒト成長ホルモン注射後 CJD である.いずれも全世界で 150 人以上の犠牲者が発生している.硬膜移植後 CJD は日本では 100 人認められ,発症してから無動までの期間が半年以内と早く,古典型孤発性 CJD と同じ病像を呈するものと,13 ヵ月以上の緩徐な経過をとり,脳病理で florid plaque が認められる群とが存在する.

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動物のプリオン病

佐伯圭一
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用免疫学教室

要  旨
 伝達性海綿状脳症あるいはプリオン病は,ヒトや幾つかの哺乳動物で自然発病が報告されている致死性の神経変性疾患である.家畜動物,野生動物あるいは動物園動物のプリオン病には,スクレイピー,伝達性ミンク脳症,シカ慢性消耗性疾患,ネコ海綿状脳症などがある.

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ウシ海綿状脳症

山内一也
日本生物科学研究所理事

要  旨
 ウシ海綿状脳症(BSE)は近代畜産が産み出した新しい感染症である.英国から輸出された肉骨粉により,BSE は日本を含めて世界的汚染を引き起こしている.BSE のウシへの感染実験の成績に基づいて,ウシ由来食品の安全性は確保されてきている.一方,日本における BSE 汚染実態の把握はいまだ不十分である.また,感染源・感染経路の疫学的解析では,微量の肉骨粉の交差汚染の可能性を含めた検討が求められている.

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変異型 Creutzfeldt-Jakob 病

村井弘之
九州大学大学院医学研究院脳神経病研究施設 神経内科

要  旨
 変異型 Creutzfeldt-Jakob 病(CJD)は,プリオン病の大部分を占める孤発性 CJD とは臨床的にかなり異なった像を示す.その特徴は,1)発症年齢が若い,2)生存期間が長い,3)精神症状で発症する,4)感覚障害の頻度が高い,5)不随意運動が多岐にわたる,6)無動性無言の頻度が低い,7)脳波で周期性同期性放電が認められない,8)MRI で両側視床枕に対称性病巣を認める,などである.

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ヒトプリオンに高感受性を示す遺伝子改変マウスの開発

三好一郎*1   毛利資郎*2 笠井憲雪**1  北本哲之*3

*1 東北大学大学院医学系研究科附属動物実験施設 **1 同施設長(教授)
*2 九州大学大学院医学研究院実験動物学教授
*3 東北大学大学院医学系研究科病態神経学教授

要  旨
 プリオン病の診断だけでなく医薬品や食品の安全性を確保するためには,プリオン(異常感染型プリオンタンパク質:PrPSc)の検出は必要不可欠である.今回作製したヒト/マウスキメラ型プリオンタンパク質を発現する遺伝子改変マウスは,PrPSc 伝播実験に認められる種間のバリアーを軽減させ,ヒト PrPSc に高感受性を示した.特にノックインマウスは,これまでにない優れたヒト PrPSc のバイオアッセイ系を提供してくれることを期待させる.

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プリオン病の早期診断 ―臨床症候と検査所見―

古川ひさ子*   丹羽正美**
* 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科第一薬理学 ** 同教授

要  旨
 ヒトプリオン病の臨床診断についてまとめた.頻度が最も高い散発性 Creutzfeldt-Jakob 病(CJD)の進行期典型例では臨床診断(probable case)が比較的容易であるが,早期診断は他のプリオン病同様不可能である.実際には,特徴的な臨床症状(進行性痴呆,ミオクローヌス)と補助的検査所見(脳波での周期性同期性放電:PSD),拡散強調画像 MRI での異常高信号,脳脊髄液 14-3-3 タンパク質陽性),そして他の疾患を除外することで probable case of sporadic CJD と診断される.一部施設で行われている脳生検のほかに,異常型プリオンタンパク質(PrPSc)の直接的証明すなわち生前確定診断を目指す診断技術も開発されつつある.

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プリオン病の感染防止対策 -医療の現場と行政-

鈴木ゆめ*  黒岩義之**
* 横浜市立大学医学部神経内科助教授 ** 同教授

要  旨
プリオン病は異常プリオンタンパク質の蓄積によって起こる中枢神経疾患で,85% は孤発性,約 10% は遺伝性,まれな後天性疾患としてクールーがある.変異型 Creutzfeldt-Jakob 病(CJD)はヒト伝播性海綿状脳症の新しい型で,ウシ海綿状脳症(BSE)と密接な関係を持つ.プリオン病は医療現場において感染性疾患として重要であるとともに,行政的には難病としての患者救済や感染コントロールのみならず,医原性 CJD への対処,BSE の把握が必須となっている.CJD のいかなる類型も,通常の社会的接触を通じて人々の間に広がりうるという証拠はないので一般病棟で対応できる.

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プリオン病治療の現状と今後の展望

中島雅士*   山田達夫**
* 福岡大学医学部神経内科講師 ** 同教授

要  旨
プリオン病は「感染性のタンパク質」である異常プリオン(PrPSc)によって伝播する.近年,新しいヒトプリオン病である変異型 Creutzfeldt-Jakob 病(CJD)と硬膜移植後 CJD の患者が増加し,有効な治療法が求められている.最近,PrPSc の蓄積を阻害する化合物の有効性が,動物実験,さらには臨床試験で示唆された.この PrPSc は正常プリオンタンパク質(PrPC)の3次構造が変化したものであり,プリオンタンパク質の構造,機能と代謝の研究をもとに新しい治療戦略が追求されている.

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