最新医学59巻7号 
特集 要  旨


神経変性疾患の病態に基づく治療開発

祖父江 元*

* 名古屋大学大学院医学系研究科神経内科教授

要  旨
 神経変性疾患は特定の神経細胞が変性・脱落する進行性疾患である.疾患により変性の原因は異なるが,異常なタンパク質蓄積が共通した病理所見として報告されており,タンパク質の凝集抑制が神経変性疾患の治療戦略として注目されている.特に,病態に基づく治療としてタンパク質品質管理や転写を標的とする治療の開発が期待されている.方法としては薬物治療のほか,免疫療法,遺伝子治療,再生医療が用いられており,一部は臨床応用が進められている.

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アルツハイマー病
Aβ 分解促進による治療戦略―ネプリライシン活性制御を中心に―

濱 江美*   西道隆臣**
* 理化学研究所脳科学総合研究センター神経蛋白制御研究チーム
** 同チームリーダー

要  旨
 アミロイド β タンパク質(Aβ)は生理的ペプチドであるが,その産生と分解のバランスが破綻することで脳内に蓄積し,アルツハイマー病発症に強く関与すると考えられている.我々は Aβ 分解システムに注目し,主要な脳内 Ab 分解酵素がネプリライシンであり,Aβ 分解系の低下によっても脳内 Aβ レベルが上昇することを明らかにした.ネプリライシン活性制御により Aβ 分解を促進することは,アルツハイマー病の新しい治療戦略になると考えている.

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アルツハイマー病
Aβ凝集抑制による治療戦略

柳澤勝彦*
* 国立長寿医療センター研究所 アルツハイマー病研究部部長

要  旨
 アミロイドβタンパク(Aβ)はその前駆体タンパク(APP)の生理的代謝により産生される.可溶性の単体としての Aβ は顕著な生物作用を示すことがなく,凝集して重合体となって初めて神経細胞に対して強い毒性を発揮する.アルツハイマー病の根治的治療戦略の1つとして,Aβ の凝集過程の阻止の方途が議論されている.Aβ が単体から重合体に移行する際に示す2次構造の変化を目標に,これを分子レベルで捕捉する可能性も考えられる.

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アルツハイマー病
Aβ の生成抑制による治療戦略


西村正樹*
 * 滋賀医科大学分子神経科学研究センター助教授

要  旨
 アミロイドβタンパク質(Aβ)の生成を抑制することによりアルツハイマー病の分子病態の是正が可能となれば,画期的な治療効果も期待できる.ここでは,Aβ の生成にかかわりその病原性を決定づける γセクレターゼを標的とした治療法の可能性を概説する.Aβ生成およびγセクレターゼの生理機能を鑑みれば,副作用なくこれを抑制することは必ずしも容易ではない.すなわち,副作用を回避するべく,特異性ないし選択性を備えた治療戦略の開発が求められる.

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アルツハイマー病
免疫を介する予防・治療戦略


田平 武*
* 国立長寿医療センター研究所所長

要  旨
 アルツハイマー病に対し合成 Aβ42 による免疫療法の臨床試験が行われた.残念なことに,経皮的に注射するこのワクチンは副作用としての髄膜脳炎が起こったため中止となった.しかし剖検脳は老人斑の消失を示唆し,βアミロイドに対する抗体が上昇した患者では認知機能の低下が有意に軽度であった.そこで安全性がより高いいろいろな方法が考察され,一部は臨床試験が行われようとしている.免疫を介する予防・治療戦略は,最も実現性の高い方法として期待が加わる.

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ポリグルタミン病
球脊髄性筋萎縮症の病態に基づく治療


勝野雅央*   足立弘明*  南山 誠*   祖父江  元**
* 名古屋大学大学院医学系研究科神経内科  ** 同教授

要  旨
 球脊髄性筋萎縮症は成人発症の遺伝性運動ニューロン疾患であり,男性のみが発症する.原因はアンドロゲン受容体(AR)のポリグルタミン鎖延長であり,変異 AR がテストステロン依存性に核内集積することで神経細胞障害が生じる.テストステロン分泌を抑制する黄体形成ホルモン刺激ホルモン(LHRH)アナログの治療効果がマウスレベルで確認されており,臨床試験が進行中である.熱ショックタンパク質(HSP)やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤による治療も,臨床への展開が期待される.

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ポリグルタミン病
ハンチントン病の治療戦略

貫名信行*
* 理化学研究所脳科学総合研究センター 構造神経病理研究チームチームリーダー

要  旨
 最近展開されているハンチントン病の治療に関する実験的試みを紹介する.治療効果の判定には主にハンチンチンエキソン1を導入したトランスジェニックマウス(R6/2 マウス)が用いられており,神経細胞死,ミトコンドリア機能障害,転写障害,凝集体形成などを治療ターゲットとした研究が行われている.これらを紹介し,筆者らの報告したトレハロースによる治療の背景についても紹介する.

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ポリグルタミン病
脊髄小脳変性症の治療


水澤英洋*
* 東京医科歯科大学大学院脳神経病態学教授

要  旨
 脊髄小脳変性症は遺伝性のものが約 30% と比較的多く,その大部分は常染色体優性遺伝性であり,変異遺伝子による毒性の獲得が発症機序と考えられている.したがって詳細な発症機序が不明でも,原因遺伝子の発現を抑制できれば根本的な治療となりうる.本稿では,本邦で最も高頻度の Machado-Joseph 病について,siRNA を用いた遺伝子治療についての我々の研究を中心に紹介する.

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パーキンソン病
パーキンソン病治療の分子標的治療


服部信孝*
* 順天堂大学医学部脳神経内科・老人性疾患病態 治療研究センター助教授

要  旨
 パーキンソン病の病態治療に即した標的分子の探索は,近未来に向けた大きな課題であることは間違いない.その探索戦略として単一遺伝子異常に伴う遺伝性パーキンソン病の研究が注目されている.ミトコンドリア機能・酸化ストレスも遺伝性パーキンソン病の発生メカニズムに関与していることが分かり,さらには多くの神経変性で観察される封入体形成にユビキチン・プロテアソーム系の関与が推定されており,遺伝性パーキンソン病からの新規治療薬開発に向けた研究が盛んに行われつつある.

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パーキンソン病
パーキンソン病の遺伝子治療


中野今治*
* 自治医科大学神経内科教授

要  旨
 線条体のドーパミン減少により発症するパーキンソン病の遺伝子治療戦略の1つは,ドーパミン合成酵素遺伝子を線条体で発現させることである.我々は,パーキンソン病モデルサルの一側被殻にこの酵素の遺伝子を搭載したアデノ随伴ウイルスベクターを注入することにより症状の改善を見,治療側被殻においてドーパミン合成酵素の発現とドーパミン合成を確認した.本手法によるパーキンソン病遺伝子治療の臨床研究を計画中である.

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筋萎縮性側索硬化症
筋萎縮性側索硬化症の分子標的治療への展望法


河原行郎*   日出山拓人*   郭   伸**
* 東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻神経内科学 ** 同助教授

要  旨
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は,神経変性疾患の中でも特に治療方法の乏しい難病中の難病である.しかし最近我々は,その9割を占める孤発性 ALS の疾患病態と直接かかわっていると考えられる脊髄運動ニューロン選択的な分子変化を明らかにし,ようやく病態メカニズムに基づいた分子標的治療の可能性が論じられる段階に至った.本稿ではこの点について,家族性 ALS の治療として検討されている遺伝子ノックダウン法と合わせて概説する.

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筋萎縮性側索硬化症
ユビキチン・プロテアソーム系による治療


丹羽淳一*
*名古屋大学大学院医学系研究科神経内科

要  旨
 運動ニューロン選択的に機能障害を生じる筋萎縮性側索硬化症(ALS)の分子機序の詳細はいまだ不明なままであるが,ユビキチン化封入体の存在や SOD1 変異に伴う家族性 ALS における変異 SOD1 の進行性蓄積などから,近年ユビキチン・プロテアソーム系の機能不全と運動ニューロン障害の関連が注目されている.ユビキチンリガーゼである Dorfin が,in vitro において変異 SOD1 のプロテアソームでの分解を促進し神経毒性を軽減しうることから,我々は Dorfin の高発現による変異 SOD1 トランスジェニックマウスの治療を試みている.ユビキチン・プロテアソーム系の活性増強により毒性タンパク質の蓄積を軽減する治療法は,今後の ALS に対する有望な治療戦略となりうると考えられる.

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筋萎縮性側索硬化症
神経栄養因子 HGF の髄腔内投与による筋萎縮性側索硬化症治療法の開発


青木正志*   永井真貴子* 石垣あや*   糸山泰人**
* 東北大学大学院医学系研究科神経内科 ** 同教授

要  旨
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する治療法の開発のために,我々はトランスジェニックラットによる ALS モデルの開発に成功した.このラットは従来のマウスに比較して約 20 倍の大きさを持ち,脊髄や脊髄腔に対するアプローチが容易である.肝細胞増殖因子(HGF)はその強力な運動ニューロン栄養作用が注目されているが,本稿ではこの ALS ラットに対する HGF の脊髄腔内への持続投与による治療法の開発を紹介する.

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筋萎縮性側索硬化症
筋萎縮性側索硬化症における運動ニューロン再生への展望


岡田洋平*1*2  岡野栄之**1
* 慶應義塾大学医学部生理学教室 **1 同教授
*2 名古屋大学大学院医学系研究科神経内科

要  旨
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は,運動ニューロンが選択的に変性する,治療法の確立されていない代表的な神経変性疾患である.近年,胚性幹細胞などさまざまな幹細胞を用いることで,ALS で失われた運動ニューロンの再生が試みられるようになったが,機能的な再生には至っていない.補充したニューロンを適切に投射させ,複雑なネットワークを再構築するためには,運動ニューロン発生メカニズムをよく理解することが重要であろう.

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