最新医学59巻9増刊号 
特集 要  旨


総論
血液疾患の遺伝子学

三谷 絹子*

* 獨協医科大学内科学(血液) 教授

要  旨
 造血制御は造血細胞の増殖・分化・アポトーシスの巧妙なバランスのうえに成立している.がん遺伝子の活性化およびがん抑制遺伝子の失活がこのバランスを崩し,白血病を発症させる.がん遺伝子には細胞の分化・増殖のシグナルを担う受容体型および非受容体型チロシンキナーゼ,核内転写因子などの遺伝子が含まれる.チロシンキナーゼの恒常的活性化,キメラ形成による転写因子の機能異常は白血病発症の主要な機序である。

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総論
循環器系疾患の遺伝子学

木村 彰方*
* 東京医科歯科大学難治疾患研究所難治病態研究部門分子病態分野 教授

要  旨
 ヒトゲノム解析の進展によって,種々の疾患で病因となる遺伝子変異や疾患関連多型が同定され,その知見に基づいた病態解明,遺伝子診断,さらには治療法の開発が行われつつある.同一の疾患であっても病因遺伝子は全く異なることや,同じ遺伝子の変異が全く異なる疾患の原因となることが判明するなど,遺伝子変異と疾患との関連は単純な1:1対応ではない.また,疾患関連多型の病態への寄与度は人種や病態によっても異なる.

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総論
呼吸器系疾患の遺伝子学

萩原 弘一*
*埼玉医科大学呼吸器内科 教授

要  旨
 上皮増殖因子受容体(EGFR)変異がゲフィチニブ(イレッサ)感受性と密接に関係していることが報告され,EGFR 検索によりゲフィニチブ投与の適応が決定できる可能性が示されるとともに,肺発癌過程における EGFR-ras-raf-erk 系の役割が再確認された.気管支喘息の分野では,サイトカイン代謝に関連するプロテアーゼが相次いで感受性遺伝子として報告された.Real time PCR,Gene Chip など新たな技術を生かした呼吸器疾患研究およびその臨床応用が期待される.

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総論
代謝性疾患の遺伝子学


後藤田 貴也*
* 東京大学大学院医学系研究科臨床分子疫学 助教授

要  旨
 代謝領域の重要な複合遺伝形質として,2型糖尿病や家族性複合型高脂血症,メタボリックシンドロームの遺伝解析が進められている.これらの発症に決定的な役割を果たす major gene は存在せず,多数の疾患感受性遺伝子上の軽微な変化の組み合わせに環境因子の負荷が加わり発症に至る機構が想定されている.大規模集団を対象としたゲノムワイドの連鎖/関連解析の結果が積み重ねられ,すでに幾つかの疾患感受性遺伝子が同定されている.

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総論
消化器系疾患の遺伝子学


上 野 敦 盛* 有 村 佳 昭** 山下 健太郎* 今 井 浩 三***
* 札幌医科大学第1内科 ** 同講師 *** 同学長

要  旨
 全ヒト遺伝子の解析がほぼ終了し,各遺伝子の機能とそのネットワーク解明が急がれている.消化器疾患に関するものとして5つのトピック(NOD2,β-catenin,DNA メチル化,siRNA,テーラーメイド医療)を取り上げた.このように基礎研究の成果が診断や治療に応用されつつあり,各個人・疾患の個性に見合った医療が実践されることが期待される.

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総論
自己免疫疾患の遺伝子学


桑名 正隆*
* 慶應義塾大学医学部先端医科学研究所 講師

要  旨
 自己免疫疾患は複数の遺伝,環境要因の集積により発症する多因子疾患のため,その感受性を規定する遺伝子の同定は困難であった.従来の候補遺伝子アプローチではヒト白血球抗原(HLA)以外に再現性のある成績はほとんどなく,疾患多発家系を用いた連鎖解析も期待はずれの結果に終った.近年,ヒトの全遺伝子配列の解読および解析技術の進歩により,ゲノムワイドな多型マーカーを用いた網羅的な位置的アプローチが可能となった.現在多くのプロジェクトが進行中で,今後の成果が期待される.

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総論
内分泌疾患の遺伝子学

妹 尾 久 雄*** 曹   霞* 村 田 善 晴**
*  名古屋大学環境医学研究所分子・細胞適応部門 ** 同教授 *** 同教授

要  旨
 遺伝性内分泌疾患の発症機序研究は近年急速に進み,ホルモン合成酵素の遺伝子異常(副腎,性腺,甲状腺などにおけるホルモン合成にかかわる酵素遺伝子),ホルモン合成にかかわる転写因子の遺伝子異常(下垂体細胞の分化にかかわる転写因子,甲状腺,副腎の分化にかかわる転写因子など),受容体遺伝子異常(Gタンパクシグナル系の遺伝子異常,核内受容体遺伝子異常)が明らかにされつつある.ホルモン合成にかかわる転写因子は,内分泌臓器の発生・分化を調節し,この異常は癌の発症にも重要な役割を果たしている.本項では,甲状腺ホルモン受容体の遺伝子異常の臨床像と動物モデルの観点から概説したい.

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総論
神経系疾患の遺伝子病学


後 藤   順*1 百 瀬 義 雄*2 辻   省 次**1
*東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻神経内科学 **1 同教授
*2 バイオンフォマティクス

要  旨
 2003 年,ヒトの全ゲノム塩基配列の解読終了が宣言され,本格的なポストゲノム時代に突入した.神経系疾患の遺伝子病学ということで,特に疾患の原因探索に的を絞り,この約 20 年間のポジショナルクローニングによる華々しい成果を概観した.単一遺伝子疾患から complex diseases へと遺伝子病学の対象が広がっており,この点にも若干触れ,遺伝子病学ないし遺伝学の現状を展望した.

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総論
腎・電解質系疾患の遺伝子学


富野 康日己*
*順天堂大学腎臓内科 教授

要  旨
 分子生物学の進歩は,遺伝性腎疾患の原因遺伝子と病因の解明に寄与している.しかし,これら解明しつつある遺伝性腎疾患は,単一遺伝子によるものがほとんどである.一方,維持透析療法の原因疾患の約 70% を占める糖尿病性腎症と慢性糸球体腎炎(特に,IgA 腎症)は,多遺伝因子腎疾患と考えられ,発症と進展の候補遺伝子を同定することはなかなか困難である.本稿では,代表的な単一遺伝子性腎疾患について触れたうえで,糖尿病性腎症と IgA 腎症の遺伝因子について動物モデルでの解析を含め概説する.

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トピックス−血液
白血病の分子診断


直 江 知 樹*
*名古屋大学大学院医学系研究科分子細胞内科学 教授

要  旨
 白血病におけるゲノム異常の中でも染色体転座は,病型の分類や予後の予測,さらに治療法の選択に欠くことのできない検査である.これまでの染色体検査に比べると,遺伝子検査法は感度・特異性共に極めて高く,時間も短縮され残存腫瘍(MRD)のフォローにも使われている.最近,Multiplex-PCR の導入やマイクロアレイなど,多くの遺伝子を短時間で同時に検査できる技術革新が進んできたことから,遺伝子診断の飛躍的な発展が期待される.

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トピックス−循環器
NF-κB デコイの臨床応用

鈴 木 淳 一* 磯 部 光 章**
* 東京医科歯科大学循環制御内科学 ** 同教授

要  旨
 遺伝子治療が臨床現場で応用されつつある.炎症関連疾患において NF-kB は重要であり,デコイによるこの制御が新しい治療法となる.実験的に NF-κB デコイは,心筋梗塞,心臓移植,心筋炎,血管形成後再狭窄,静脈グラフト内膜肥厚などの循環器領域の炎症性疾患の進展を抑制した.現在,臨床応用として冠動脈形成後の再狭窄進展に対する NF-κBデコイの予防効果を国内3大学で検討中である.

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トピックス−呼吸器
肺癌の遺伝子学


井 大哉* 長 瀬 隆 英**

*東京大学医学部附属病院呼吸器内科 ** 同教授

要  旨
 上皮増殖因子受容体(EGFR)のチロシンキナーゼの阻害薬で,肺癌で最初に承認された分子標的薬ゲフィチニブは,効果のない症例も少なくない反面,著効を示す症例もあることが知られている.これまで,疫学的に奏功例を規定する因子が幾つか報告されていたが,最近二つのグループからほぼ同時に,EGFR の特定の領域に突然変異を持つ症例が,奏功例に多く認められたと報告された.本稿ではゲフィチニブの開発の経緯と,それらの論文について解説する.

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トピックス−代謝
2型糖尿病の疾患感受性遺伝子-ミレニアムプロジェクトを中心として-


廣 田 勇 士*  春 日 雅 人**
* 神戸大学大学院医学系研究科応用分子医学講座糖尿病代謝・消化器・腎臓内科学 ** 同教授

要  旨
 2型糖尿病は,遺伝因子と環境因子が発症に関与する多因子疾患である.ゲノム科学の進歩に伴い多因子疾患へのアプローチが可能となり,2型糖尿病においても疾患感受性遺伝子が明らかになりつつある.現在,我が国ではミレニアムプロジェクトが進行中であり,疾患感受性遺伝子の同定,さらにはオーダーメイド医療の実現が待ち望まれる.

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トピックス−消化器
潰瘍性大腸炎に合併する大腸癌の遺伝子異常と発癌機序


高山 哲治** 茎津 武大* 宮西 浩嗣* 新津 洋司郎***
* 札幌医科大学医学部内科学第四講座 ** 同講師 *** 同教授

要  旨
 潰瘍性大腸炎に合併する癌は,慢性炎症を有する大腸粘膜を発生母地とし,colitic cancer と呼ばれる.Colitic cancer は,dysplasia を前癌病変とし(dysplasia-carcinoma sequence),通常の大腸癌とは異なる機序により発生すると考えられる.潰瘍性大腸炎(UC)患者の dysplasia および癌では,K-ras,APC 変異などの陽性率は低く,p53 変異は高率に認められる.MSI は 2.6〜40%,p16 の高メチル化は 70〜100% に認められる.MSI や p16 の高メチル化は,非腫瘍性粘膜にも認められることから,これらの粘膜が dysplasia の前病変の可能性がある.

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トピックス−自己免疫
全身性エリテマトーデス患者T細胞におけるTCRζ鎖mRNAスプライス異常

津 坂 憲 政*
* 埼玉医科大学総合医療センター第二内科 講師

要  旨
 代表的な自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)では末梢血T細胞(PBT)における TCRζ鎖発現が低下するために,T細胞シグナル伝達に異常を来すことがこれまで知られ,その原因として exon7 に相当する部位の欠損など open reading frame 異常を伴ったり,alternative splicing によって生じた短い 3-UTR を持つζ鎖 mRNA スプライス・ヴァリアントが優位に発現することが報告されてきた.実際に,これらζ鎖 mRNA スプライス・ヴァリアントをζ鎖欠損マウスハイブリドーマ(MA 5.8 細胞)に発現させた in vitro の系で検討すると,ζ鎖 mRNA の安定性が悪くなるために,細胞表面上のζ鎖を含めた TCR/CD3 複合体発現が低下していた.また,抗 CD3 抗体刺激による IL-2 産生も低下し,これらの知見は SLE の病態を考えるうえで重要であると考えられる.

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トピックス−内分泌
エネルギー転写調節因子のクロストーク


島 野   仁*
* 筑波大学大学院内分泌代謝・糖尿病内科 講師

要  旨
 脂質合成を支配する転写因子 SREBP ファミリー,脂肪酸異化を担う PPARα,酸化ステロール受容体としてコレステロール処理を行う LXR,糖新生系酵素遺伝子発現を制御する HNF4,FKHD ファミリー,脂肪細胞分化にかかわる PPARγ などエネルギー代謝転写因子の全容が明らかになりつつある.各転写因子は,単独に役割を果たしてるわけではなく,エネルギー状態に応じて相互に協調ないし拮抗作用を行って複雑なネットワークを形成しているようである.

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トピックス−神経
筋萎縮性側索硬化症とCu/Zn-superoxide dismutase(SOD1)


辻  幸子* 佐々木 秀直**
* 北海道大学神経内科 ** 同教授

要  旨
 Cu/Zn-superoxide dismutase(SOD1)異常を伴う家族性筋萎縮性側索硬化症の発症機序は未解明であるが,変異 SOD1 が凝集体やユビキチン陽性封入体を形成することから,細胞の生存に必要なタンパクが凝集体に巻き込まれ枯渇する可能性や,プロテアソーム障害の関与が疑われている.進行阻止にトランスジェニックマウスに対する熱ショックタンパク誘導物質の投与が効果を上げている.

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トピックス−腎・電解質
多発性嚢胞腎の分子病態


西 裕志* 南学 正臣**
* (株)日立製作所日立総合病院内科 ** 東京大学腎内分泌内科

要  旨
 多発性嚢胞腎は,腎のほか多臓器に嚢胞を形成し,高い発症率で知られる遺伝性疾患である.末期腎不全への進行や脳動脈瘤破裂の危険を考慮すれば本疾患の根治療法の早期確立が望まれるが,その病態の本質は依然解明されていない.しかし近年,原因遺伝子・タンパクの同定に始まり,細胞内シグナル伝達の異常や繊毛の機能破綻が嚢胞腎の発症に関与している機序が指摘されており,確実に病態解明が進展している..

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