最新医学61巻9月増刊号 
特集 臨床遺伝子学’06 

要  旨


総論
血液疾患の遺伝子学

黒川 峰夫

東京大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科 教授

要  旨
 この数年で幾つかの造血器腫瘍における新たな分子病態が明らかになった.骨髄増殖性疾患では JAK2 の変異が高率に認められることが発見され,好酸球増多症候群では血小板由来増殖因子(PDGF)受容体α鎖キメラ分子の恒常的活性化とその機構が明らかとなった.また,急性骨髄性白血病では,細胞内局在の変化した変異ヌクレオホスミン(NPM)タンパク質が高頻度に生成されることが報告された.これらの知見により疾患概念の再編成が進むとともに,新たな診断および治療法の開発が期待されている.

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総論
循環器系疾患の遺伝子学

蒔田 直昌*  筒井 裕之**
* 北海道大学大学院医学研究科循環病態内科学 ** 同教授

要  旨
 1980年後半から始まった遺伝子学の急速な発展は,病態を分子レベルで理解する「分子の時代」の扉を開き,循環器疾患領域においても,心筋症や遺伝性不整脈を始めとする疾患原因遺伝子が解明された.2003年に完了したヒトゲノムの解読までに単一遺伝子疾患の解明は急速に進んだが,近年はさらに,ゲノムワイドな多型マーカーを用いて,体系的網羅的に候補遺伝子の部位を同定する研究手法も可能になった.循環器領域の遺伝子病研究の対象は,単一遺伝子疾患からより複雑な多因子遺伝子疾患へと新たな展開を見せている.

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総論
呼吸器系疾患の遺伝子学

桑野 和善
九州大学大学院医学研究院附属胸部疾患研究施設 助教授

要  旨
 呼吸器疾患は外界と直接接する臓器だけに,環境因子と遺伝素因との関連性があることは明らかであり,原因遺伝子は複数の多因子遺伝である.遺伝子変異,マイクロサテライト・マーカーや一塩基多型など塩基配列多型をマーカーとした解析が進み,病因・病態との関連が示唆されている.本稿では,急性肺損傷と肺線維症における遺伝子学の最近の進歩について述べる.

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総論
内分泌系疾患の遺伝子学
−遺伝性下垂体疾患について−

長崎 弘*1  大磯 ユタカ*2
*1 名古屋大学医学部代謝性疾患学寄附講座
*2 名古屋大学大学院医学系研究科病態内科学講座糖尿病・内分泌内科学 教授

要  旨
 遺伝性の下垂体疾患の原因は下垂体機能発現に関する遺伝子異常と,器官発生に関する遺伝子異常に大別される.前者にはホルモンそのもののゲノム異常のほかに,視床下部ペプチド受容体,ホルモン前駆体の翻訳後修飾に関する遺伝子異常が含まれる.後者では下垂体の発生および各種前葉細胞の分化を制御する下垂体特異的ホメオボックス遺伝子群の異常により,下垂体の低形成に伴う広汎な下垂体機能低下症が起る.

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総論
消化器系疾患の遺伝子学

−消化器癌における遺伝子異常−


栗山 茂樹**1  正木 勉*1  岩間 久和*2
*1 香川大学医学部消化器・神経内科 講師 **1 同教授
*2 香川大学総合情報基盤センター 助教授

要  旨
 約30億塩基からなるヒトゲノム塩基対の解読が終了し,癌化の一因が遺伝子異常に基づくシグナル伝達機構の障害にあることが明らかになり,それらの知見に基づく癌の分子病態解明・診断および治療法の開発が進行している.本稿では,癌遺伝子(K-Ras,B-Raf),癌抑制遺伝子(p53,RUNX3),Wntシグナル伝達分子およびマイクロRNA(miRNA)を取り上げ,消化器癌におけるこれらの遺伝子異常とその臨床的意義について解説する.

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総論
自己免疫疾患の遺伝子学


山田 亮
京都大学大学院医学研究科附属ゲノム医学センター 助教授
理化学研究所遺伝子多型研究センター関節リウマチ関連遺伝子研究チーム客員研究員

要  旨
 自己免疫疾患の罹患リスク遺伝子としてヒト組織適合抗原領域遺伝子が同定され久しいが,ここ数年のゲノム関連基盤の整備に伴い,数多くの魅力的な自己免疫疾患関連遺伝子の報告が相次ぎ,自己免疫現象の分子機構の理解に遺伝学的な光があてられている.本稿では,過去数年の知見を中心にそれらを概説する.

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総論
代謝性疾患の遺伝子学

安田 和基
国立国際医療センター研究所代謝疾患研究部 部長

要  旨
 代謝性疾患の代表である糖尿病では,単一遺伝子病タイプの遺伝因子はかなり解明され,病態理解に大きな貢献をした.一方,多因子遺伝病タイプの糖尿病感受性遺伝子は一塩基多型(SNP)と考えられ,候補遺伝子解析やゲノムワイド解析などにより精力的に研究されてきた.今後は,ハップマッププロジェクトの成果やタイピング技術の進歩により,さらに多様な研究が展開され,将来臨床の場への応用が期待される.

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総論
神経系疾患の遺伝子学

秦野 伸二*  池田 穰衛**

* 東海大学総合医学研究所分子神経科学部門 助教授
** 東海大学大学院医学研究科脳・神経疾患研究センター 教授

要  旨
 近年,神経変性疾患責任遺伝子および関連遺伝子が続々と同定され,それにより神経変性疾患の発症メカニズムに関する研究も飛躍的な進歩を遂げている.多くの神経変性疾患に共通してみられる神経細胞の機能障害・細胞死の要因として,遺伝子転写,タンパク質分解,小胞体,およびミトコンドリアなどの細胞内の分子・オルガネラ機能障害の存在が明らかとなる中,本総説では,最近注目されているトラフィッキング異常と神経変性疾患との関連に焦点を当てる.

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総論
腎・電解質系疾患の遺伝子学

五十嵐 隆
東京大学大学院医学系研究科小児医学講座 教授

要  旨
 遺伝子レベルでの腎・電解質系疾患の病因の解明は,Alport症候群の原因究明から始まり,その後各種の尿細管機能異常症の原因が続々と明らかにされ,さらに先天性ネフローゼ症候群や巣状分節状糸球体硬化症の原因が多数解明されつつある.一方,現在嚢胞性腎疾患や腎低形成・異形成の原因も解明されつつある.これらの原因遺伝子の解明は,腎・電解質系疾患の病態生理を理解しやすくしただけでなく,腎の再生医療を含めた治療法の進展に有益な情報を提供しつつある.

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トピックス
血液:慢性骨髄性白血病に対する分子標的治療と耐性克服


永井 正
自治医科大学医学部内科学講座血液学部門 助教授

要  旨
 BCR/ABLチロシンキナーゼ阻害薬イマチニブは,慢性骨髄性白血病に対し優れた治療効果を示す.一方,BCR/ABL遺伝子の変異を中心とした多様なイマチニブ耐性機序があり,耐性の出現が臨床では重要な問題となっている.近年,開発された新規BCR/ABL阻害薬は,イマチニブに耐性を示す多くの変異BCR/ABLタンパクに対しても阻害作用を有していることから,今後の臨床応用が期待されている.

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トピックス
循環器:肺高血圧症の遺伝子治療


小幡 裕明*  永谷 憲歳**
* 国立循環器病センター研究所再生医療部 ** 同部長

要  
   特発性肺動脈高血圧症では,血管収縮因子の増加と内因性血管拡張因子の相対的な低下が起る.プロスタサイクリン療法やエンドセリン受容体拮抗薬の有効性が報告されているが,なお治療抵抗性の症例が存在する.これまでに,さまざまな遺伝子治療が実験動物において報告されており,遺伝子−細胞移植ハイブリッド治療も開発された.遺伝子を用いたこれらの治療法は新たな肺高血圧症治療法として期待される.

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トピックス
呼吸器:COPD 発症の分子病態
−Nrf2-Keap1 転写制御系と肺気腫発症について

石井 幸雄
筑波大学人間総合科学研究科呼吸病態制御医学分野 講師

要  旨
 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の主要病理像である肺気腫の形成には,肺実質の炎症や酸化ストレス,プロテアーゼダメージが相互的に関与する.Nrf2は抗炎症遺伝子,抗酸化ストレス遺伝子,アンチプロテアーゼ遺伝子の発現を統一的に制御し,肺気腫発症の防御因子としての中核を担う.実際,Nrf2を欠損するマウスでは喫煙暴露による肺気腫形成が顕著であった.Nrf2-Keap1転写制御系を標的分子とした新たなCOPD治療戦略の構築が期待される.

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トピックス
代謝:FGF23 とリン・ビタミンD代謝


福本 誠二
東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科 講師

要  旨
 線維芽細胞増殖因子(FGF)23 は,腎尿細管リン再吸収と 1,25-水酸化ビタミンD[1,25(OH)2D]産生などを抑制することにより,リンと 1,25(OH)2D濃度を低下させる液性因子である.FGF23作用過剰により複数の低リン血症性くる病/骨軟化症が惹起されるのに加え,FGF23作用障害は高リン血症の原因となることから,FGF23は新たな骨・ミネラル調節ホルモンと考えられる.

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トピックス
消化器:大腸癌と PPARγ

藤澤 聡郎*  高橋 宏和*  冨本 彩子*  米満 恭子*  中島 淳**
* 横浜市立大学大学院医学研究科分子消化管内科学 ** 同準教授

要  旨
 ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(PPAR)γ は大腸における抗炎症作用,抗腫瘍作用が報告され,近年炎症性腸疾患,大腸癌の治療への応用が盛んに研究されている.マウスモデル,ヒト大腸癌の遺伝子変異の研究により PPARγ の大腸癌抑制作用が証明されているが,ヒトへの介入試験ではまだ結果が定まっておらず今後の検討が必要である.Wntβ-catenin pathway阻害を主とした作用機序が考えられており,有望な分子標的治療薬としてさらなる研究が進められている.

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トピックス
自己免疫:関節リウマチの網羅的遺伝子発現解析による治療予測

関口 直哉*1  伊藤 哲*2  竹内 勤**1
*1 埼玉医科大学総合医療センターリウマチ・膠原病内科 **1 同教授
*2 富士レビオ(株)研究開発部門

要  旨
 ゲノム医学の発展により,個々の症例に対し薬剤反応性予測と適切な薬剤選択が可能となれば,理想的な医療を施すことができると期待が高まっている.関節リウマチに関しては,炎症性サイトカインを標的とした生物学的製剤が治療の主流となっているが,すべての患者に対して有効というわけではない.そこで,治療反応性の差が何に起因するか検討すべく,カスタムマイクロアレイによる有効例の予測が可能かどうか検討を行った結果,検証段階ではあるが有効例と無効例にはインターフェロン関連遺伝子の発現に差があることが判明し,今後の臨床応用に対する期待が高まっている.

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トピックス
内分泌:糖尿病性腎症の疾患感受性遺伝子


前田 士郎
理化学研究所遺伝子多型研究センター
  糖尿病性腎症関連遺伝子研究チーム チームリーダー

要  旨
 ヒトゲノム解析研究の進歩は目覚しく,疾患関連遺伝子研究の分野でも全ゲノム領域を網羅することが可能となってきた.糖尿病性腎症に関してもゲノムワイドなアプローチが開始されており,SLC12A3,ELMO1といった新規糖尿病性腎症関連遺伝子が報告されている.全ゲノム領域を対象とした疾患関連遺伝子研究のさらなる加速により,すべての糖尿病性腎症関連遺伝子同定がなされることが期待される.

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トピックス
神経:ニューロパチーの遺伝子学


橋口 昭大  嶋 博
鹿児島大学大学院医歯学総合研究科神経内科老年病学

要  旨
 遺伝性ニューロパチー(Charcot-Marie-Tooth 病:CMT/遺伝性運動感覚性ニューロパチー:HMSN)は,臨床的,遺伝学的に多様である.遺伝子の同定は,主に遺伝子連鎖解析を用いたポジショナルクローニング法で行われているが,近年のヒトゲノム解析の進展により遺伝子研究は加速され,現在までに少なくとも28の異なる遺伝子が原因として報告されている.それらの発見をもとにした新しい末梢神経の分子メカニズムが明らかになってきた.

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トピックス
腎・電解質:IgA腎症の発症と遺伝因子−動物モデル解析の有用性−


鈴木 祐介**  相澤 昌史*  鈴木 仁*  富野 康日己***
* 順天堂大学腎臓内科 ** 同講師 *** 同教授

要  旨
 IgA腎症は,最も多い原発性糸球体腎炎であるが,その病態の複雑性からいまだ病因は不明である.その地域性から環境因子の関与が議論される一方で,家族内集積例や人種の偏りなどから,最も疾患感受性遺伝子が想定されている糸球体腎炎である.本稿では,IgA腎症の疫学的背景やこれまでの疾患感受性遺伝子に関する報告を概説する.さらに,IgA腎症の複雑な病因解明ならびに感受性遺伝子解析における動物モデル,特に自然発症モデルの有用性と可能性を解説する.

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