最新医学63巻4号 
特集 市中肺炎治療とガイドライン

要  旨


アプローチ
エピジェネティクス研究の現状と展望


豊田 実*

* 札幌医科大学生化学講座 教授
要  旨
 エピジェネティクスとは,DNA の塩基配列の変化なしに,遺伝的しかも可逆的に遺伝子機能の発現が変化する現象で,DNA メチル化やヒストン修飾が関与する.がんをはじめ神経疾患や循環器疾患,自己免疫疾患におけるエピジェネティクス異常が,病態に関与すること,診断や治療の標的となることが明らかになりつつある.エピジェネティクス解析は,幹細胞研究や機能性 RNA 研究と融合し,多くの生命現象や病態の分子機構の理解にますます重要となりつつある.エピジェネティクス研究と疾患との関連についての特集に当たり,遺伝子発現制御におけるエピジェネティクス制御の分子機構や疾患との関連について概説する.また,これまでの研究成果や今後の動向についても紹介する.

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エピジェネティクス研究によるがんの病態解明
慢性炎症による発がん機構としてのエピジェネティック異常

安藤孝将*1*2 牛島俊和**1
*1 国立がんセンター研究所発がん研究部 **1 同部長
*2 富山大学医学部第三内科

要  旨
 慢性炎症は発がんと密接に関連する.最近,一部の発がん危険度が高い慢性炎症組織では DNA メチル化異常がすでに蓄積しており,その程度が発がんリスクと相関すること(エピジェネティックな発がんの素地の存在)が分かってきた.慢性炎症によるメチル化は特定の遺伝子に誘発され,低転写や一部の炎症性サイトカインの関与が示唆されている.エピジェネティック異常誘発は,慢性炎症による発がん機構として重要と思われる.

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エピジェネティクス研究によるがんの病態解明
がんにおけるエピジェネティックな変化とシグナル経路異常

鈴木 拓*1 豊田 実   *2* 今井浩三   *3 篠村恭久**1
*1 札幌医科大学内科学第一講座 **1 同教授
*2 同生化学講座教授 *3 札幌医科大学学長

要  旨
 エピジェネティックな遺伝子制御機構,特に CpG アイランドのメチル化は,がん抑制遺伝子の不活化メカニズムとして重要である.Wnt や Ras などがんにおいて重要なシグナル経路の異常は,キーとなる遺伝子の変異が原因であることはよく知られているが,最近ではシグナルに関与するさまざまな遺伝子に高率にメチル化異常が起きていることが分かってきた.これらの知見は,発がんメカニズム解明と新たながん治療法の開発につながると期待される.

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エピジェネティクス研究によるがんの病態解明
網羅的エピゲノム解析技術の新展開

油谷浩幸*
* 東京大学先端科学技術研究センターゲノムサイエンス分野 教授

要  旨
 ヒストン修飾やDNAメチル化は,染色体からの遺伝子発現を調節する重要なエピジェネティック修飾であり,マイクロアレイや高速シークエンサーを用いたハイスループットなゲノム解析技術がその網羅的解析を可能にした.今後ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬や脱メチル化薬などのエピジェネティック医薬の臨床開発において,症例の層別化に利用可能なエピゲノム情報に基づくバイオマーカーの開発が期待される.

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エピジェネティクス研究によるがんの病態解明
がんにおけるヒストン修飾異常の役割


近藤 豊*
* 愛知県がんセンター研究所分子腫瘍学部 室長

要  旨
 ヒストンタンパク質は,エピジェネティクスの中心的役割を担うクロマチン構造の重要な構成因子である.ヒストンのN末端はさまざまな化学修飾を受け,ダイナミックに遺伝子発現や発生・分化などを制御している.最近ヒストンの修飾異常ががん細胞で確認され,このエピジェネティクス機構の異常ががんの発生・進展に影響を与えていることが分かってきた.本稿では,がん細胞におけるヒストン修飾異常の関与についての知見を述べる.

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エピジェネティクス研究によるがんの病態解明
疾患モデル動物を用いたエピジェネティクス研究
―大腸多段階発がんにおける DNA メチル化異常の意義―


山田泰広*   原  明**  森 秀樹***
* 岐阜大学大学院医学系研究科腫瘍病理 講師 ** 同准教授 *** 同教授

要  旨
 ほぼすべてのがんにおいてエピジェネティック異常が検出されるものの,その根本的原因は不明である.マウスモデルを用いたエピジェネティクスがん研究により,少しずつではあるが,エピジェネティック異常の個体レベルでの発がん過程における修飾作用が明らかとなってきた.本稿では,今までに行われたさまざまなアプローチによるマウス生体を用いたエピジェネティクスがん研究について,特に大腸多段階発がんへの DNA メチル化の影響を中心に紹介したい.

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臨床応用
エピジェネティック治療の現状と展望

渡邊嘉行*
* MD アンダーソンがんセンター白血病科

要  旨
 エピジェネティック治療は従来の治療薬とは異なり,がんにおけるエピジェネティックな異常を直接ターゲットにした方法である.その特徴は,遺伝子変異を伴わないエピジェネティックな変化の可逆性にある.すでに米国をはじめとした諸外国で臨床応用されており,その効果は近未来的ながん治療のオーダーメード化に際し必須な薬剤となり得ることを容易に想像させる.

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臨床応用
前がん状態における DNA メチル化異常

新井恵吏*   金井弥栄**

* 国立がんセンター研究所病理部 ** 同部長

要  旨
 DNAメチル基転移酵素(DNMT)の発現やスプライスの異常を伴うDNAメチル化異常は,諸臓器における前がん状態に高頻度に検出され,特にウイルスの持続感染・慢性炎症・喫煙などを背景とする多段階発がん過程に早期から寄与する可能性がある.DNA メチル化異常を伴う前がん状態からは,より悪性度の高いがんを生ずると考えられる.DNA メチル化プロファイルを指標とする発がんリスク診断・発がん予防の実用化が望まれる.

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臨床応用
胸部悪性腫瘍におけるエピジェネティック異常

豊岡伸一*
* 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科

要  旨
 分子生物学の発展に伴い,悪性腫瘍に対し,分子生物学的手法による多くの取り組みが行われている.肺がん,胸膜中皮腫においてもエピジェネティクスの観点で,発がん機構の解明から臨床応用に至るまで,研究が行われている.特に臨床病理学的因子とメチル化の関係,メチル化を指標とした診断,メチル化阻害薬,ヒストンジアセチル化阻害薬を用いた臨床試験なども行われているが,臨床応用には今後,越えるべきハードルも残されている.

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臨床応用
臨床検体を用いた DNA メチル化検出とがん診断への応用

松林宏行*
* 静岡県立静岡がんセンター内視鏡科 医長

要  旨
 DNAプロモーター領域に存在するCpGアイランドのメチル化は,欠失や突然変異と同様に遺伝子の不活化を導く.臨床検体を用いた DNA メチル化の検索はがんやその高リスク群の診断,予後や薬剤感受性の予測を目的としたマーカーとして盛んに臨床応用が試みられている.がん種ごとにさまざまではあるが,高頻度にメチル化を認める遺伝子が存在すること,プロモーターの限られた遺伝子領域の検索で済むこと,簡便で鋭敏な検索法があることから,がん診断への応用が期待されている.

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各種疾患におけるエピジェネティクス研究の新展開
ゲノムインプリンティング異常と疾患

副島英伸*
* 佐賀大学医学部分子生命科学講座分子遺伝学・エピジェネティクス分野 教授

要  旨
 インプリント遺伝子は,由来する親の性に従って一方のアレルから発現する.複数のインプリント遺伝子が特定の染色体領域に存在しドメインを形成していることが多く,インプリンティング調節領域(ICR)によりドメインレベルで遺伝子発現が調節されている.このドメインレベルのインプリンティング調節機構が破綻すると,さまざまな疾患が発症する.本稿では,現在までに分かっているドメインレベルのインプリント調節機構とヒト疾患との関連を解説する.

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各種疾患におけるエピジェネティクス研究の新展開
心疾患のエピジェネティクス

間野博行*
* 自治医科大学ゲノム機能研究部 教授

要  旨
 心血管系の圧・容量負荷が長期にわたると,「心不全」と呼ばれる予後不良の病態へと至る.近年,心肥大・心不全発症に心筋のエピジェネティック変化が重要な役割を果たすことが報告されるようになった.我々は心筋細胞において,心機能の低下に応じてエピジェネティック修飾レベルが変化する遺伝子をゲノムワイドにスクリーニングする目的で,「Differential Chromatin Scanning(DCS)法」を新たに開発し,ラット心筋をモデルとしてヒストンアセチル化の変化を解明した.

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各種疾患におけるエピジェネティクス研究の新展開
神経疾患におけるエピジェネティックな異常

久保田健夫*
* 山梨大学大学院医学工学総合研究部環境遺伝医学講座 教授

要  旨
 DNAや染色体の化学修飾に基づくエピジェネティックな遺伝子調節は,近年特に神経細胞で重要であることや環境で変化することが判明した.したがってその異常は,これまでよく知られてきたがんや先天異常だけでなく,神経系の異常を後天的に引き起こしている可能性がある.また,よく用いられている精神疾患薬の作用機序がエピジェネティックな修復であることも判明した.本稿では,特に精神疾患や精神発達障害疾患におけるエピジェネティックな異常について,最新知見や仮説を交えて概説する.
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各種疾患におけるエピジェネティクス研究の新展開
再生医療とエピジェネティクス研究

梅澤明弘**  西野光一郎*
* 国立成育医療センター研究所生殖医療研究部 ** 同部長

要  旨
 幹細胞研究は再生医療の大きな期待である.ヒトES細胞の樹立や日本発の成果である人工多能性幹細胞(iPS 細胞)の樹立は,近年の幹細胞研究の急速な発展の起爆剤になっている.細胞はゲノム DNA に刻まれた情報を最適に使い分け,その性質を決定している.DNA のメチル化を含むエピジェネティクス機構が細胞・組織特異的な遺伝子発現の基盤となり,個々の細胞の性質を決定しているのである.言い換えれば,人為的なエピジェネティクス制御が可能になれば,幹細胞の樹立や分化の制御が可能になるということである.

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対談
脳とこころの科学と医療(第13回)
神経科学の師を語る

ゲスト  柳澤 信夫 先生(関東労災病院)
聞き手  金澤 一郎 先生(国立精神・神経センター名誉総長)

対談シリーズ「脳とこころの科学と医療」は、お招きするゲストの先生方に、ご自身の研究の内容や失敗談、成功談をお伺いしながら、日本における脳・神経研究の歴史を紹介するとともに、そこで語られる先達の教訓を、本誌の対象読者である若手研究者の日頃の研究に役立てていただくことを願って企画致しました。ゲストにはこの分野の基礎を築いて来られた方々、また現在も第一線で研究を続けておられる方々をお招きしています。
 第13回はゲストに関東労災病院院長・柳澤 信夫 先生をお迎えして「神経科学の師を語る」をタイトルにお話をお伺いしました。
 前回までは基礎研究を中心とした先生方からお話をうかがいましたが、今回からはいよいよ臨床をご専門の先生方をゲストに迎えてお話をうかがいます。
 大脳基底核の世界的大御所である柳澤先生ですが大学院生の時に神経内科医でありながら外科的な治療法を確立された楢林博太郎先生のクリニックにアルバイトに行かれていたこともあり神経内科の道へ進まれたそうです。
 そして当時としては最新の組織化学的アプローチでジストニアの病変が二つに分けられることを発見されますが、その時に助教授に言われた一言がその後の先生の研究に対する姿勢に大きく影響を与えたそうです。
 またハーバード大学のデニーブラウン博士の研究室に留学された時にはその質素な暮らしにご夫人が大変驚かれた事があったそうです。
 その他にも神経疾患の治療法としての脳移植や幹細胞移植についても先生のお考えをお話し頂きました。
 ぜひ、お楽しみ下さい。


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