最新医学64巻6月増刊号 
幹細胞研究の最近の進歩(後篇)
組織幹細胞

要  旨


発生と幹細胞
神経冠細胞の移動メカニズム

齋藤 大介*  田所 竜介*   高橋 淑子**

* 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科分子発生生物学講座 **同教授
要  旨
 神経冠細胞(ニューラルクレスト:神経堤細胞とも言う)は,ほぼすべての末梢神経や色素細胞を作り上げるなど,脊椎動物にとって必須の細胞群である.神経冠細胞が持つ多くの特徴の1つに,胚内をダイナミックに移動するという現象がある.本稿では,神経冠細胞に由来するさまざまなサブタイプが,どのような仕組みで移動経路を選択し,またどのようにして目的地点へとたどり着くのかについて,最近の知見を紹介する.

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発生と幹細胞
神経幹細胞と神経発生

酒寄 信幸*   大隅 典子**
*東北大学大学院医学系研究科 **同教授

要  旨
 神経系の発生は,原腸陥入後という胎生期の早い時期から始まり,外胚葉からの神経板および神経管の誘導と分化,神経管のパターン化,神経幹細胞からの多様な種類のニューロンとグリアの生成,これらの細胞のしかるべき場所への移動,ニューロンどうしの特異的なシナプス結合によるネットワーク形成,グリア細胞による髄鞘化,シナプス結合や血管新生の調節といった多様な現象を経て完了する.本稿では,この中でも外胚葉からの神経板および神経管の誘導と形成過程における胎生期神経幹細胞の成立,神経幹細胞の増殖と多様な細胞への分化に焦点を当て,我々の研究室の知見を中心に概説する.

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発生と幹細胞
プラナリアから見えてくる全能性幹細胞の特性

阿形 清和
京都大学理学研究科生物物理学教室 教授

要  旨
 全能性幹細胞(胚性幹:ES 細胞や人工多能性幹:iPS 細胞)による再生医療を実現化させるためには,全能性幹細胞の特性をきちんと理解する必要がある.そこで,長い歴史をかけて進化してきた全能性幹細胞システムの特性を進化的な側面からひも解いて,マウスやヒトの全能性幹細胞の特性を理解し,再生医療に貢献しようというものである.ここでは,プラナリアの全能性幹細胞の制御システムを理解し,そのうえで ES/iPS 由来細胞の移植時のがん化問題について考察してみた.

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クロマチン動態
組織幹細胞におけるエピジェネティックな制御機構

徳永 和明*   斉藤 典子*   習   陽*   中尾 光善**
*熊本大学発生医学研究所細胞医学分野 **同教授

要  旨
 組織幹細胞は,長期の自己複製および細胞系譜に沿った多分化性を有しているが,実際には,幹細胞と分化方向に運命づけられた前駆細胞を明確に区別することには困難な点も多い.しかし,幹細胞が分化する過程において,遺伝子発現の段階的な変化が必要であることから,DNA のメチル化,ヒストンの翻訳後修飾,DNA とタンパク質の複合体であるクロマチンで構成されるエピゲノムの制御機構が重要な役割を果たすと理解されている.これらの修飾されたエピゲノムは,遺伝子発現の ON/OFF よりも精巧に制御されているために,幹細胞およびその分化細胞を特徴づけるものである.さらには,非コードの RNA を介する制御,染色体と遺伝子の核内配置などが総合して,エピゲノムの継承性と可変性を備えた幹細胞制御を実現している.胚性幹細胞と同様に,組織幹細胞におけるエピジェネティックな制御機構が明らかになりつつある.

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クロマチン動態
ヒストンメチル化と DNAメチル化制御系のクロストーク


眞貝 洋一
京都大学ウイルス研究所 教授

要  旨
 同じ遺伝情報を持つ細胞からいかにして異なる遺伝子発現状態が作り出されるのか,またいかにその状態が維持されるのか,それを理解し制御することが幹細胞研究の重要なテーマである.この遺伝子発現状態の変化・維持を調節しているのが,エピジェネティクス制御系である.本稿では,エピジェネティクスの中心的な制御系であるヒストンメチル化と DNA メチル化制御系のクロストークに焦点を絞って,これまでの知見を紹介してみたい.

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クロマチン動態
テロメアと幹細胞


谷村 信行*   石川 冬木**
*京都大学大学院生命科学研究科細胞周期学分野 **同教授

要  旨
 染色体末端のテロメアは,DNA 末端を保護し,テロメレースを制御するという機能を持つ.細胞分裂のたびにテロメアは短小化するが,テロメレースはテロメアを伸長させることができる.テロメレース活性は体細胞では低く抑制されているが,人工多能性幹(iPS)細胞ではテロメレースが活性化され,テロメアは伸長することが示された.成体の組織幹細胞においてはテロメレースやテロメア長が幹細胞の機能や増殖能に関与することが分かっている.

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生殖幹細胞
ヤマトヒメミミズの生殖細胞の再生機構

田所 竜介
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科

要  旨
 ヤマトヒメミミズは完全な再生能力を持つ日本で唯一のミミズであり,自らの体を切断しては再生してクローン個体を作り上げる.この無性生殖の過程で,ヤマトヒメミミズは体細胞組織のみならず生殖細胞を再生する.筆者らは,半世紀にわたり不明であった,ミミズ(環形動物)の生殖細胞の再生の一端を明らかにした.

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生殖幹細胞
生殖幹細胞とPIWI

宮川(倉持)さとみ*1*2 小島 加奈子*1

*1大阪大学生命機能研究科,医学系研究科幹細胞病理学
*2科学技術振興機構(JST)さきがけ研究員

要  旨
 幹細胞の維持に重要な遺伝子として単離された PIWI ファミリー分子は,“小分子 RNA を介したサイレンシングにかかわる分子”としての機能を持つ.マウス PIWI ファミリーの MILI と MIWI2 は小分子 RNA と結合し,精子形成過程の胎仔期における de novo DNA メチル化を介した,レトロトランスポゾンの抑制に関与する.また,MILI は生後の精子形成における生殖幹細胞の長期的な維持に,重要な役割を果たしているものと考えられる.

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生殖幹細胞
ほ乳類の単為発生

河野 友宏
東京農業大学応用生物科学部 教授

要  旨
 ほ乳類の単為発生が完全に阻止されていることは,雌核発生胚および雄核発生胚を用いた発生実験から明らかである.胎生への進化の過程で獲得したゲノムインプリント機構により,卵子と精子ゲノム間には決定的な機能差が生じた結果,ほ乳類の個体発生に卵子・精子の両ゲノムの寄与が不可欠となった.単為発生胚は,個体発生の分子メカニズム,エピジェネティクス修飾のリプログラミング,体細胞クローンあるいは幹細胞研究などに活用され貢献している.

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生殖幹細胞
始原生殖細胞

松居 靖久
東北大学加齢医学研究所医用細胞資源センター 教授

要  旨
 生殖細胞は,マウスでは胚発生の初期過程で,段階的な組織・細胞間の相互作用を受け,また幾つかの転写制御因子の働きにより多能性幹細胞から分化運命決定される.このようにして現れた未分化な生殖細胞である始原生殖細胞は,その後,幾つかの増殖因子の作用により活発に増殖しながら胚の中を移動し,生殖巣原基に到着する.そういった過程で,この細胞の一部は細胞死により失われ,また特徴的なエピジェネティックな変化を含む細胞分化を遂げる.やがて胎仔生殖巣内で,雄では増殖の休止状態,また雌では減数分裂を開始し,配偶子形成へと向かう.また,一部の始原生殖細胞は特定の増殖因子などの働きにより多能性幹細胞へ変化する.

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幹細胞ニッチ
ニッチにおける幹細胞分裂

山下 由起子
ミシガン大学アナーバー校

要  旨
 幹細胞は組織の恒常性を維持するうえで不可欠な役割を担っている.多くの幹細胞は,幹細胞ニッチという特殊な細胞外微小環境の中でその特性を保っている.幹細胞がこのようなニッチ内で非対称に分裂することで,幹細胞数は一定に保たれる.しかしながら,その恒常性に異常が生じた場合,がん化や老化につながると考えられている.本稿では幹細胞の非対称分裂とがん,老化との関係について考察する.

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幹細胞ニッチ
骨髄低酸素環境による造血幹細胞の維持

田久保 圭誉
慶應義塾大学医学部坂口光洋記念講座(発生・分化生物学)

要  旨
 骨髄造血幹細胞は活性酸素種(ROS)に対して脆弱であることが知られている.ROS 曝露で造血幹細胞は静止状態を失って過剰に増殖し,最終的に老化する.それに対応するように骨髄内では低酸素状態で造血幹細胞が存在することが明らかになりつつある.生体は造血幹細胞を ROS に曝露しないことで ROS に応答するストレスシグナルや増殖シグナルを抑制し,幹細胞を保護しながら一生涯の造血を維持する戦略をとっていると考えられる.

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幹細胞ニッチ
造血幹細胞のニッチ

山崎  聡*1*2 中内 啓光**1*2
*1東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター幹細胞研究センター **1同教授
*2科学技術振興機構中内幹細胞制御プロジェクト

要  旨
 造血幹細胞は,骨髄中のニッチにより造血幹細胞としての能力を維持されていると考えられている.すなわち,生体内における造血幹細胞の特徴は造血幹細胞ニッチによる影響に依存していると考えられる.しかし,いまだ造血幹細胞ニッチの本態は明らかではない.最近,造血幹細胞の細胞内シグナルの解析から,造血幹細胞ニッチが造血幹細胞に与えるシグナルが詳細に解析できるようになってきた.骨髄中に存在する造血幹細胞の細胞内シグナルを解析することにより,造血幹細胞ニッチというものがどのような環境か同定することができうると示唆される.

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幹細胞ニッチ
毛包における幹細胞とそのニッチ

田所 優子*1  西 村 栄美*1,*2
*1金沢大学がん研究所幹細胞医学研究分野 
*2東京医科歯科大学難治疾患研究所幹細胞医学分野 教授

要  旨
 毛包はほ乳動物の皮膚における付属器であるが,周期的に細胞のターンオーバーを行うことによって再生と退縮を繰り返し,色の付いた毛を供給している.このような毛を作っている毛包には,少なくとも2種類の組織幹細胞,毛包幹細胞と色素幹細胞が存在していることが近年明らかとなり,これら幹細胞システムの破綻が脱毛や白毛を引き起す原因に成りうることが明らかとなっている.本稿では,これら毛包における幹細胞の維持機構とニッチに関する最新の知見を紹介したい.

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幹細胞の臨床応用
損傷脊髄に対する幹細胞移植

名越 慈人*1*2 岡野 栄之**1
*1慶應義塾大学医学部生理学教室 **1同教授 *2同整形外科

要  旨
 脊髄損傷を含む中枢神経は,他の組織に比べて再生能力が著しく低く,ひとたび損傷されると再生は困難であるとされてきた.しかし近年,神経幹細胞を含む幹細胞生物学の発展により,脊髄損傷に対する細胞移植治療法が開発されつつある.本稿では,神経幹細胞を中心とした移植研究について最近の知見を踏まえて解説し,脊髄再生研究の現状と将来の展望について概説する.

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幹細胞の臨床応用
神経幹細胞の運命制御にかかわるシグナル伝達

川口 大地*   後藤 由季子**
*東京大学分子細胞生物学研究所情報伝達研究分野 **同教授

要  旨
 神経幹細胞を用いた神経再生医療の戦略としては,神経幹細胞あるいは神経幹細胞由来の分化細胞を移植することや,成体に存在する内在性神経幹細胞を利用することが考えられる.どちらの場合においても,神経幹細胞の運命制御機構を理解することは大きな意味を持つ.神経幹細胞の運命は,さまざまな細胞外因子からのシグナル伝達と細胞内因性のエピジェネティックな状態が組み合わさり制御されることが明らかになってきている.

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幹細胞の臨床応用
肝臓の発生・分化機構

宮島  篤
東京大学分子細胞生物学研究所 教授

要  旨
 肝臓は代謝の中心を担う生命に必須の臓器である.血液を除くと肝臓を構成する細胞種は肝細胞,胆管上皮細胞,類洞内皮細胞,星細胞,線維芽細胞など比較的少ない.しかし,それらの発生・分化については十分理解されていない.我々は,細胞膜抗原の発現により肝臓を構成する細胞を厳密に同定・分離する方法を開発し,培養系を使って肝臓の発生・分化機構の解析を行っている.本小論ではその現状を紹介する.

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幹細胞の臨床応用
糖尿病の再生治療へ向けた多角的アプローチ

谷口 英樹
横浜市立大学大学院医学研究科臓器再生医学 教授

要  旨
 膵島(pancreatic islet)を分離し,1型糖尿病の治療に用いる膵島移植(islet transplantation)が臨床的に確立してきたことから,膵臓を対象とした細胞療法の開発に大きな期待が集まりつつある.最近,再生医学の基盤科学である幹細胞生物学において,フローサイトメトリーを利用した精度の高い細胞分離法を用いた膵幹細胞(pancreatic stem cell)の分離・同定や,膵β 細胞の更新機構について理解が大きく進み,また細胞分化の可塑性(plasticity)を利用したインスリン分泌細胞の異所性誘導なども検討されるようになってきている.一方,iPS 細胞樹立法など革新的な細胞操作技術にも飛躍的な進歩がみられおり,“糖尿病の再生医療”に向けたアプローチが多角的に展開されつつあると言える.

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幹細胞の臨床応用
ES,iPS 細胞からの心筋分化

湯浅 慎介*1*2 福田 恵一**2
*1慶應義塾大学医学部循環器内科 *2同再生医学教室 **2同教授

要  旨
 末期心不全の根本的治療法としては心臓移植が唯一であるが,臓器提供は不足しており十分な治療法とは成りえていない.近年,幹細胞をさまざまな細胞に分化誘導を行い,細胞移植をする再生医療が実現可能ではないかと期待されている.胚性幹(ES)細胞は分化能,増殖能において他の幹細胞より優れている.ES 細胞由来心筋細胞移植を心不全モデル動物へ行った研究も試みられており,心機能および生命予後の回復が認められている.しかしながら,ES 細胞は自己細胞ではなく,倫理的問題からも新たな ES 細胞を樹立することに問題もある.近年,人工多能性幹(iPS)細胞の樹立が報告され,新たな細胞移植の cell source として期待されている.iPS 細胞は ES 細胞とほぼ同等の性質を有することより,これまでの ES 細胞を用いた研究をそのまま適応することができる.今後は,ES 細胞を用いた研究を iPS 細胞に応用し,心臓再生医療の開発が行われていくものと考えられる.

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がん幹細胞
白血病幹細胞の解析

宮本 敏浩*   赤司 浩一**
*九州大学大学院医学研究院病態修復内科学 講師 **同教授

要  旨
 フローサイトメトリーによる細胞分離技術の進歩と高度免疫不全マウスへの異種移植術の開発により,造血幹細胞および白血病幹細胞の存在が証明された.白血病は造血幹細胞から前駆細胞に至る各分化段階から発症し,白血病発症に関与する因子には共通に機能するものから病態特異的なものまで多様性に富むことが明らかになった.今後は,表現形および機能的に極めて類似している造血幹細胞と白血病幹細胞で微妙に異なる表面抗原や分化段階,機能する自己複製機構の異同を明らかにすることで,白血病幹細胞を直接の標的とした有効な治療法の開発が期待される.

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がん幹細胞
骨髄性白血病幹細胞のニッチ

石川 文彦
理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター(RCAI)ヒト疾患モデル研究ユニット ユニットリーダー

要  旨
 ヒト造血幹細胞を異種細胞に対する拒絶が困難な免疫不全マウスに移植して,ヒトの造血・免疫系を再構築する“免疫系ヒト化マウス”が開発されてきた.この移植システムを成人の急性骨髄性白血病(AML)に応用することで,患者病態を再現する新たなマウスモデルを確立するとともに,病態の理解に応用することを目的として研究が進められている.我々は,このマウスモデルを用いて,in vivo における白血病幹細胞の生物学的特性を解析しており,特に白血病幹細胞とニッチの関係が再発においてどのような役割を担うかについて考察する.

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がん幹細胞
がん幹細胞 -第2期を迎えたがん幹細胞研究のこれから-

甲斐 千晴*   佐谷 秀行**
*慶應義塾大学医学部先端医科学研究所遺伝子制御研究部門 **同教授


要  旨
 がん幹細胞における最近 10 年の知見は,がん研究のパラダイムに変革をもたらした.しかしその一方で,免疫寛容の観点から異種移植の実験系が見直され,腫瘍型によっては予想以上の高い比率でがん幹細胞が存在することが示された.確率論仮説との比較の中でがん幹細胞仮説を理解し,その意義を改めて問うてみる.さらには,治療抵抗性という視点よりがん幹細胞を定義し,がん診療への応用へ向けたメッセージとしたい.

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