最新医学65巻9月増刊号 
臨床遺伝子学'10


要  旨


総説
血液疾患の遺伝子学

江副 幸子*   金倉  譲**

*大阪大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学特任講師 **同教授
要  旨
 今世紀に入り血液学の分野においても,DNA アレイや一塩基多型(SNP)アレイなど遺伝子の網羅的解析により多くの新たな知見を得た.それらは疾患概念や病態を説明するのみならず,予後や治療戦略において多大な情報をもたらしている.本稿においては,血液疾患における遺伝子異常と予後との関係,およびそれに基づく新たな治療戦略,ポストゲノム時代の遺伝子解析とその血液学における恩恵について概説する.

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総説
循環器系疾患の遺伝子学

村田 光繁*1  福田 恵一*2
*1慶應義塾大学医学部臨床検査医学 専任講師    *2慶應義塾大学医学部循環器内科 教授

要  旨
 1980 年代後半から,分子遺伝学的手法の進歩に伴い多くの遺伝性疾患の原因遺伝子の同定が行われ,さらに 1990 年代後半からのヒトゲノム研究は加速的に疾患発症における遺伝子異常の関与を明らかにしてきた.循環器系における遺伝性疾患として心筋症や致死性不整脈などが詳細に検討され,多数の変異遺伝子が同定され,その種類や変異部位によって表現型や予後に違いがあることが明らかとなった.また昨今では,これらの遺伝情報に基づいた日常診療が行われるようになり,将来テーラーメイド医療に発展することが期待されている.

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総説
呼吸器系疾患の遺伝子学

長谷川 好規
名古屋大学大学院医学系研究科呼吸器内科学分野 教授

要  旨
 分子生物学的手法を用いた遺伝学的病態解明や診断は,呼吸器疾患分野においても急速に進められている.呼吸器疾患で代表的な遺伝子病として知られている■胞性線維症の責任遺伝子の発見に始まり,最近では肺胞微石症の責任遺伝子が発見された.このような単一遺伝子異常疾患解析から,多遺伝子が複合的に関与する多遺伝子複合型疾患解析へと移行してきている.日常臨床で頻度の高い慢性疾患,いわゆる“common disease”は,この多遺伝子複合型疾患であることが多く,気管支喘息はその代表的疾患である.多遺伝子複合型の疾患は,それぞれ単独の遺伝子の影響は小さく,環境的暴露と遺伝子の相互作用により疾患が形成されることから,環境要因と遺伝要因との相互作用の中で,遺伝情報を解析し,臨床応用していく必要がある.

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総説
代謝性疾患の遺伝子学

前田 士郎*   鎌谷 直之**
*理化学研究所ゲノム医科学研究センター内分泌代謝疾患研究チーム **同センター長

要  旨
 古くより単一遺伝子異常による肥満,脂質代謝異常が知られており,その原因遺伝子を同定し解析することで,多くの代謝調節因子およびその制御機構が明らかにされてきた.さらに,最近精力的に行われているゲノムワイド関連(相関)解析(GWAS)により,多因子疾患としての肥満,脂質代謝異常の関連遺伝子も次々に同定されている.

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総説
消化器疾患の遺伝子学
マイクロ RNA とウイルス肝炎・肝癌

本多 政夫*1  金子 周一*2

*1金沢大学大学院医学系研究科保健学専攻先端医療技術学 教授 *2同消化器内科 教授

要  旨
 次世代シークエンサーに代表される遺伝子解析技術の進歩とともに,これまでに注目されていなかった小分子 RNA の解析が進んでいる.マイクロ RNA(miRNA)は内在性の 20〜25 塩基程度の小さな1本鎖 RNA であり,ターゲットメッセンジャー RNA(mRNA)の一部と配列依存的に結合することにより,分解または翻訳阻害による発現調節を行っている.miRNA は複数のターゲット遺伝子の発現を調節しており,発生や分化,がんなどの腫瘍形成や転移にも関与している可能性がある.我々は,肝炎・肝癌組織を用いて,B型肝炎ウイルス・C型肝炎ウイルス(HBV・HCV)感染特異的 miRNA が存在すること,また肝癌特異的 miRNA が存在することを明らかにした.miRNA は肝癌の予後予測や治療にも応用できる可能性があることが,最近報告されている.

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総説
自己免疫疾患の遺伝子学


高地 雄太
理化学研究所ゲノム医科学研究センター自己免疫疾患研究チーム

要  旨
 疾患関連遺伝子研究はゲノムワイド関連解析(GWAS)の時代を迎え,自己免疫疾患の多くも,その遺伝的背景が明らかになりつつある.遺伝因子には疾患特異的なものと,PTPN22 遺伝子のように複数の自己免疫疾患の間で共有されているものがあり,遺伝因子の組み合わせによって,各疾患への感受性が規定されているものと考えられる.今後,個人における遺伝子多型情報をもとに,予後予測や治療法などの選択がなされることが期待される.

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総説
内分泌系疾患の遺伝子学

二川原 健*   須田 俊宏**
*弘前大学大学院医学研究科内分泌代謝内科学 **同教授

要  旨
 内分泌学領域においては,内分泌腺の発生,その系を調節する神経ネットワークの発生,ホルモン産生能の変化,腫瘍化,ホルモンの標的臓器における感受性低下(不応症)などについて,分子的機序の考察がなされている.近年は ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)分泌調節機構(kisspeptin−GPR54 系の発見)や,偽性副甲状腺機能低下症におけるエピジェネティクス(ゲノムインプリンティングによる遺伝子発現調節)に関して新知見が多い.

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総説
神経系疾患の遺伝子学

中川 正法
京都府立医科大学大学院医学研究科神経内科学 教授

要  旨
 2000 年以降の DNA シークエンス技術の飛躍的発展により,ゲノムワイド関連解析(GWAS)が比較的容易となり,遺伝子学の研究対象も単一遺伝子疾患から common diseases へと広がっている.神経系疾患でも,GWAS による疾患感受性遺伝子多型の報告が相次いでいる.薬理ゲノミクス(PGx)の面でも,より有効で副作用の少ない治療法の選択が可能となってきており,個別化医療が今後急速に展開されていくと予想される.タンパク解析技術やエピジェネティクスの研究も進んでいる.これからの 10 年間は神経系疾患の遺伝子学においても,これまでの 10 年間をはるかにしのぐ展開が期待される.

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総説
腎疾患と電解質異常を来す疾患の遺伝子学

五十嵐  隆
東京大学大学院医学系研究科小児医学講座小児科 教授

要  旨
 腎疾患と電解質異常を来す疾患の原因遺伝子とその遺伝子座を示す一覧表を掲載した.X染色体性 Alport 症候群において遺伝子型と表現型の相関関係は明らかであるが,アデニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(APRT)欠損症ではそれは明らかではない.欧米ではステロイド抵抗性ネフローゼ症候群患児の約2/3は NPHS1,NPHS2,WT1,LAMB2 の4つの遺伝子異常によって占められているが,我が国ではそのようなことはない.小児の末期腎不全の原因として重要なネフロン癆は,遺伝的多様性の高い疾患である.

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トピックス
正常核型急性骨髄性白血病にみられるゲノム異常

木崎 昌弘
埼玉医科大学総合医療センター血液内科 教授

要  旨
 急性骨髄性白血病(AML)では多くの染色体異常が知られ,病態や予後との関連が明らかになってきた.その中で,予後因子として中間リスク群に分類される正常核型(CN)AML においても種々の遺伝子変異が知られるようになり,治療成績との関連が論じられている.さらに,CN−AML における網羅的なゲノム異常解析も進んでいる.それらの結果に基づき,CN−AML はより層別化され,臨床的特徴や予後が明らかにされている.

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トピックス
遺伝性不整脈の診断と治療におけるiPS 細胞利用の可能性

堀江  稔2
滋賀医科大学呼吸循環器内科 教授

要  旨
 循環器疾患の中で,遺伝性疾患は意外に多い.しかし,近年の爆発的な分子遺伝学の進歩にもかかわらず,既知の候補遺伝子を精密に調べても,その同定率は低いことが多い.また,いまだ原因遺伝子の判然としない病態も多い.このような中で,遺伝性不整脈などの循環器疾患患者から得られる人工多能性幹(iPS)細胞から疾患特異的な心筋細胞を分化させ,確定診断に役立て,さらには未知の遺伝子を探ろうとする動きが始まっている.本稿では,このような研究の動向と創薬の場で利用されつつある iPS 細胞から分化誘導される心筋細胞を用いた薬剤毒性試験について紹介する.

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トピックス
リンパ脈管筋腫症に関する分子生物学的解析

広瀬 雅樹*   井上 義一**
* 国立病院機構近畿中央胸部疾患センター臨床研究センター
呼吸不全・難治性肺疾患研究部 **同部長

要  旨
 リンパ脈管筋腫症(LAM)は,主として若年女性が罹患し,肺,腎臓,リンパ節などにおいて,平滑筋様細胞である LAM 細胞が異常増殖を来す全身性稀少疾患である.近年,病因と考えられる TSC1,TSC2 遺伝子の発見により病因論に基づく病態が解明され,mTOR 阻害薬(sirolimus)を始めとする新たな分子標的治療が開発されつつある.また,2009 年から厚生労働省特定疾患治療研究事業に認定され,医療費助成も始まった.

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トピックス
2型糖尿病の遺伝とは

前田 士郎
理化学研究所ゲノム医科学研究センター内分泌代謝疾患研究チーム

要  旨
 ゲノムワイド関連(相関)解析(GWAS)の普及により,多くの2型糖尿病感受性領域が同定されている.現在までに 30 弱の2型糖尿病感受性領域が同定されており,欧米人においては TCF7L2 が,日本人を始めとした東アジア人では KCNQ1 が最も強力な感受性遺伝子であることが知られている.しかしながら,現時点での情報では2型糖尿病の遺伝的要因の1割程度しか説明できず,さらなる感受性遺伝子領域の同定が必要と考えられている.

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トピックス
ヘリコバクター・ピロリ感染と遺伝子異常
−胃粘膜における DNAメチル化異常を中心に−

中島  健*1  丹羽  透*2  牛島 俊和**2
*1国立がん研究センター中央病院消化管内視鏡科
*2国立がん研究センター発がん研究部 **2同部長

要  旨
 ヘリコバクター・ピロリ菌感染は胃・十二指腸潰瘍,慢性胃炎および胃癌の原因であることが分かってきた.胃発癌は DNAメチル化の関与が大きいがんで,ヒトとスナネズミでの解析より,ピロリ菌感染による慢性炎症が非がん部胃粘膜にも DNAメチル化を誘発することも分かった.除菌療法により DNAメチル化は低下するが,胃粘膜に蓄積した DNAメチル化異常は胃発癌の新規リスクマーカーとして今後有用となる可能性がある.

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トピックス
炎症性免疫疾患における DNA マイクロアレイを用いた網羅的遺伝子発現の解析

西本 憲弘*1**2 李  慧敏*2
*1和歌山県立医科大学免疫制御学講座教授 *2大阪大学生命機能研究科 **2同教授

要  旨
 炎症性免疫疾患の病態にはさまざまな免疫担当細胞の機能異常や多数のサイトカイン分子の産生異常がかかわっている.近年の DNA マイクロアレイ技術の進歩と生物学的データベースの蓄積,そしてバイオインフォーマティクスの応用により,多数の機能分子によって制御されている免疫システムの異常を,分子間のネットワークの異常として把握することも不可能ではなくなった.DNA マイクロアレイによる網羅的な遺伝子発現解析結果をバイオインフォーマティクスの手法を用いて解析することで見えてきた,炎症性免疫疾患の病態について紹介する.

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トピックス
水・電解質輸送のチャネルとその遺伝子異常

井上 佑一*   佐々木  成**
*東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腎臓内科学 **同教授

要  旨
 水・電解質輸送にかかわるチャネルの遺伝子異常により引き越される疾患はさまざまなものが知られているが,ここでは代表的な下記の6つの疾患について取り上げる.
1.アクアポリン2(AQP2)水チャネル遺伝子異常は腎性尿崩症の原因となる.
2.上皮型 Na+ チャネル(ENaC)遺伝子異常により,その機能低下は偽性低アルドステロン症I型(PHAT)を引き起す.
3.機能亢進は Liddle 症候群を引き起す.
4.WNK キナーゼの変異は,Na−Cl 共輸送体(NCC)の機能を亢進させ,偽性低アルドステロン症U型(PHAU)を引き起す.
5.一方,Gitelman 症候群は,NCC 遺伝子変異による NCC の機能低下がその原因となる.
6.Bartter 症候群は,種々の Henle の太い上行脚(TAL)に存在するチャネル・輸送体の遺伝子変異が原因となる.

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トピックス
パーキンソン病のリスクファクターとしての glucocerebrosidase 変異

三井  純
東京大学大学院医学系研究科神経内科学

要  旨
 パーキンソン病(PD)は頻度の高い神経変性疾患であり,大部分は孤発性である.従来から家族性 PD に対して連鎖解析を用いた原因遺伝子探索,孤発性 PD に対して多型を用いた患者・対照関連解析が行われ,大きな成果を上げている.本稿では孤発性 PD の遺伝因子の概説と,網羅的な resequencing 解析によって最近明らかになった,まれで多様な変異が PD と関連する例を述べる.

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トピックス
IgA 腎症の疾患感受性遺伝子解析 −動物モデルからヒトへ−

富野 康日己*** 鈴木 祐介**  鈴木  仁*
*順天堂大学医学部腎臓内科 **同准教授 ***同教授

要  旨
 IgA 腎症では,家族内集積例や人種の偏りなどから,疾患感受性遺伝子の存在が想定されている.IgA 腎症の発症・進展にかかわる責任遺伝子として複数の遺伝子の報告があるが,レプリケーションスタディが十分に行われておらず,機能解析が不十分である.ヒトでの臨床研究では倫理上困難なこともあり,その点で,動物モデルによる多面的な解析を行い,その結果をヒトへフィードバックすることは,本症の病態解明に非常に有用なツールになると思われる.

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