最新醫學 72巻5号 
特集 エピジェネティクスと環境科学


要  旨


座談会
エピゲノムとエクスポゾーム

九州大学/東京医科歯科大学   小川 佳宏
国立環境研究所           中山 祥嗣
熊本大学               中尾 光善  (司会)

 座談会の内容
 ・エピジェネティクスの展開
 ・食事・栄養と生活習慣
 ・環境の健康影響
 ・今後の展望
 など
 
   中山先生       中尾先生      小川先生

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環境要因によるエピゲノム制御変化と発がん修飾作用

柴田博史*1*2    山田泰広**1
*1  京都大学iPS細胞研究所(CiRA)**1 同教授
*2  岐阜大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科

要  旨
 感染,炎症,食事,老化などによる細胞環境の変化は,エピゲノム制御状態に変化を及ぼす.一方で,DNAメチル化異常に代表されるエピゲノムの制御異常が発がんに深く関与することが示されている.環境要因によるエピゲノム変化が与える発がんへの影響の理解は,新たな発がん機構の解明,予防法や治療法の確立に寄与することが期待されている.

キーワード
エピゲノム制御、環境、がん

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エネルギー代謝のエピジェネティクス

日野信次朗*
* 熊本大学発生医学研究所細胞医学分野

要  旨
 エネルギー代謝は,細胞の個性と環境因子によって形作られる.このような細胞可塑性は,DNAメチル化やヒストン修飾等によるクロマチン構造変換を介したエピジェネティックな遺伝子発現制御に支えられている.本稿では,ヒストン修飾にかかわるタンパク質の機能に焦点を当て,環境に応じたエピジェネティックなエネルギー代謝調節のメカニズムと,その代謝恒常性やがんにおける役割を紹介する.

キーワード
ヒストン修飾、クロマチン、代謝表現型、がん代謝

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代謝メモリーとDevelopmental Origins of Health and Disease(DOHaD)学説

橋本貢士*1 小川佳宏*2*3*4
*1 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科メタボ先制医療講座 特任准教授
*2 同分子細胞代謝学分野 教授 *3 九州大学大学院医学研究院病態制御内科学(第三内科) 教授
*4 日本医療研究開発機構(AMED)CREST

要  旨
 胎児期や新生児期の栄養環境によって,代謝関連遺伝子のエピゲノム制御を介して代謝機能に個体差が生じ,その差が代謝メモリーとして長期に維持されることで,成人期の肥満症や2型糖尿病などの生活習慣病の発症に影響を与えるというDevelopmental Origins of Health and Disease(DOHaD)学説が提唱されている.代謝メモリーを調節し,将来の疾病罹患を防ぐ「先制医療」が模索されている.

キーワード
代謝メモリー、DOHaD学説、エピジェネティクス、DNAメチル化、PPARα

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エピジェネティック代謝物の地産地消
五十嵐和彦*1 井倉 毅*2

*1 東北大学大学院医学系研究科生物化学分野 教授
*2 京都大学放射線生物学研究センター 准教授

要  旨
 ヒストンメチル化のメチル基供与体であるS?アデノシルメチオニン,アセチル化のアセチル基供与体であるアセチルCoAを合成する酵素が核内にも分布し,転写因子などと複合体を形成することで標的遺伝子の発現調節にかかわることが明らかになりつつある.これら代謝物が核内で合成され利用される地産地消機構により,エネルギー的に効率の良いエピジェネティック制御が可能になっていると考えられる.がん化では地産地消機構が変動することで,がん細胞の代謝系への依存性が変化する可能性がある.

キーワード
がん、エピジェネティクス、ヒストン、アセチル化、メチル化

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tRNA修飾と環境応答

富澤一仁*
* 熊本大学大学院生命科学研究部分子生理学分野 教授

要  旨
 転移RNA(tRNA)は,タンパク質翻訳を担う小分子RNAである.tRNAを構成する塩基は多彩な化学修飾を受けており,近年これら修飾異常が疾患の発症につながることが示されている.例えば,細胞質tRNAおよびミトコンドリアtRNAの37位のアデノシンに存在するチオメチル化修飾異常は,それぞれ2型糖尿病およびミトコンドリア病発症に関与する.また最近では,生体を取り巻く環境がtRNA修飾に影響を及ぼすことを示唆することが報告され,外的環境に対するtRNA修飾応答が注目されている.

キーワード
転移RNA、イオウ修飾、セレン、糖尿病、エクスポゾーム

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環境応答の転写制御シグナル ―KEAP1?NRF2制御系―
鈴木琢磨*1*2 本橋ほづみ**1

*1  東北大学加齢医学研究所遺伝子発現制御分野 **1 同教授
*2  東北大学大学院医学系研究科血液免疫病学分野

要  旨
KEAP1?NRF2制御系は,酸化ストレスに対する生体防御機構で中心的な役割を果たしている.NRF2の活性化は抗酸化酵素や解毒代謝酵素などの遺伝子発現を誘導し,発がん抑制や炎症抑制作用を発揮するが,その一方でがん細胞においては薬剤耐性や放射線治療への耐性獲得,増殖促進などの悪性化に寄与している.近年,さまざまな疾患においてこの制御機構を標的とした治療薬の開発が進められており,その臨床応用が期待されている.

キーワード
KEAP1、NRF2、酸化ストレス、NRF2誘導剤

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環境応答と生物学的メチル化
深水昭吉*

* 筑波大学生命領域学際研究センター 教授

要  旨
 動物は移動機能を持ち,自らが好む場所に移動可能であるが,植物は種が着地した地域が生きる場所となる.自ら選んだ環境に,あるいは運命づけられた環境に適応しながら,生物は遺伝情報を活用して子孫を残していく.環境適応にはゲノムとエピゲノムの遺伝情報を利用し,さらには物質の合成と分解を繰り返す代謝情報が,細胞や個体機能に大きな影響を及ぼしていく.本稿では「生物学的メチル化」に焦点を当て,環境応答の仕組みの一部を概説したい.

キーワード
RNAメチル化、アルギニンメチル化、ミトコンドリア、食環境、老化

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環境親電子物質による心血管リスク制御
西田基宏**1**2*3*4 小田紗矢香*1*2 西村明幸*1*2

*1  自然科学研究機構生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)心循環シグナル研究部門 **1 同教授
*2  総合研究大学院大学生理科学専攻 **2 同教授 *3  九州大学大学院薬学研究院創薬育薬研究施設統括室 教授
*4  科学技術振興機構(JST)さきがけ「疾患代謝」

要  旨
 胎児期以降の生涯にわたる環境との相互作用がヒトの健康に影響することが広く認識され,さまざまな環境要因への生涯にわたる曝露(エクスポゾーム)を定量評価する方法論やモデルの構築が求められている.環境中に含まれる親電子性の高い化学物質(親電子物質)や,温度・運動・感染・社会的ストレスなどにより生体内で生成される内因性の親電子物質は,タンパク質と化学的に反応し,その機能に修飾を与える.こうした親電子物質によるタンパク質の(不可逆的な)翻訳後修飾が「環境メモリー」としてコードされ,二次的な物理化学的ストレスに対する抵抗力や適応力を減弱させる(すなわち疾患発症リスクを高める)可能性が示されつつある.本稿では,親電子物質によるタンパク質の修飾の分子機構とその心血管病リスク制御について,我々の成果を含めて最近の知見を紹介する.

キーワード
エクスポゾーム、レドックス、活性イオウ分子種、老化、Gタンパク質

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環境中親電子物質に対する生体応答と捕獲・不活性化因子
熊谷嘉人*

* 筑波大学医学医療系環境生物学分野 教授

要  旨
 環境中には多種多様な化学物質が存在する.環境中親電子物質は,タンパク質の求核置換基と共有結合することから,発がんや組織傷害を生じる「悪玉」としての認識であった.ところが最近の研究から,当該物質の低濃度曝露は細胞内レドックスシグナル伝達系を活性化させ,高濃度ではそれらを破綻させることが分かってきた.さらには,環境中親電子物質を捕獲・不活性化する活性イオウ分子の存在も明らかにされてきている.

キーワード
環境中親電子物質、レドックスシグナル伝達、親電子修飾、活性化イオウ分子、エクスポゾーム

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親電子性環境因子による小胞体機能への影響
上原 孝*
* 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科薬効解析学 教授

要  旨
 私たちは日常,外来環境あるいは食餌などからメチル水銀やナフトキノン類を摂取している.これらは親電子性を有し,タンパク質システインチオール基に共有結合する.これまでに,メチル水銀や一酸化窒素の曝露は神経細胞において小胞体タンパク質成熟機構を破綻させることを見いだした.この結果,変性タンパク質の蓄積を介して小胞体ストレス応答が活性化され,細胞死が惹起されることが分かった.本稿では,その分子作用機構について紹介する.

キーワード
親電子性物質、システイン残基、酸化修飾、小胞体ストレス

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精神ストレスとエピゲノム応答
菅原裕子*1 日高洋介*1 文東美紀*2 岩本和也**2

*1  熊本大学医学部附属病院神経精神科
*2  熊本大学大学院生命科学研究部分子脳科学分野 准教授 **2 同教授

要  旨
 エピジェネティクスの分子基盤の1つであるDNAメチル化は,精神疾患における遺伝環境相互作用のメカニズムを説明しうるとして注目されている.セロトニントランスポーターをコードするSLC6A4遺伝子では,精神疾患で共通して高メチル化が報告されている.また,プロモーター領域において特定の多型を持つ場合,小児期のストレスによって成人期において高メチル化が認められ,SLC6A4遺伝子発現量が低下することが報告されており,精神疾患における遺伝環境相互作用のメカニズムに関与している可能性が示唆される.

キーワード
DNAメチル化、セロトニントランスポーター、SLC6A4、HTTLPR、遺伝環境相互作用

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エクスポゾーム(生涯曝露) ―胎児期・幼少期の環境が生涯の健康に影響する―
中山祥嗣*

* 国立環境研究所環境リスク・健康研究センター曝露動態研究室 室長

要  旨
 胎児期や幼少期の環境はその後の健康に影響する.その環境は,単一の物質や現象ではなく,それらの複雑な組み合わせであり,かつ時間的に変化する.人が生涯に曝される環境要因の総体をエクスポゾームと呼ぶ.本稿では,病気の原因を理解する研究として,疫学研究でも応用され始めているエクスポゾームの概念について解説するとともに,胎児期の環境曝露とその健康影響について研究する出生コホートについて紹介する.

キーワード
エクスポゾーム(exposome)、生涯曝露、環境要因、出生コホート

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痛みのClinical Neuroscience
(23)遷延性術後痛
田中 聡
  信州大学医学部麻酔蘇生学教室 准教授
川真田樹人   信州大学医学部麻酔蘇生学教室 教授

要  旨
 遷延性術後痛は,術後痛が3ヵ月以上遷延し慢性化した痛みである.2?10%の術後患者が中等度以上の遷延性術後痛に悩まされている.術式・手術部位により,遷延性術後痛の発症頻度やメカニズムは異なる.急性期術後痛から遷延性術後痛に移行するメカニズムは,他の慢性痛と同様に単一ではなく複合的と考えられている.遷延性術後痛を予防するためには,術後急性期から亜急性期にかけて切れ目のない鎮痛治療が必要である.

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連載
ノーベル賞と医学の進歩・発展

 68巻10号からノーベル賞の対象となった業績やその業績が現在どのような恩恵をもたらしているかについて、各領域の専門家の先生方に詳しいご解説をお願いしております。

第44回は岡山大学名誉教授・灘波 光義 先生による「がんウイルスの研究とダルベッコ培地」です。

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トピックス
感染症の迅速診断の最新知見
太田賢治*1*2 賀来敬仁*1*2 栁原克紀**1**2

*1 長崎大学大学院病態解析・診断学 **1 同教授 *2 長崎大学病院検査部 **2 同部長

要  旨
 技術の発展とともに感染症の検査も進化を続け,次の世代へと移り変わりつつある.全自動核酸増幅検査により簡便かつ正確に病原微生物や薬剤耐性遺伝子を検出することができ,質量分析機器は従来法に取って代わる細菌同定法となってきている.新たな検査法/機器の測定対象と特徴,限界を把握し,診療のみならず研究,感染制御に役立てることが期待される.

キーワード
迅速診断、抗体検査、遺伝子検査、質量分析装置、全自動核酸増幅検査システム

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トピックス
腎臓を中心とした小胞体ストレスと臓器間ネットワーク
岡田 啓*1 稲城玲子*2

*1 東京大学大学院医学系研究科腎臓・内分泌内科 *2 同CKD病態生理学 特任准教授

要  旨
 近年,慢性腎臓病(CKD)など多様な疾患で小胞体機能低下(小胞体ストレス)の病態生理学的意義が報告されている.さらに,腎臓は老廃物排泄機能を担い,全身の臓器の恒常性維持に重要な臓器で,新たな病因論として腎臓を中心とした臓器間ネットワークが注目されている.CKD,ひいては腎老化における小胞体ストレスと腎臓の臓器間ネットワークとの因果関係を解明することは,新たな視点からCKDを理解するために重要である.

キーワード
腎臓、小胞体ストレス、臓器間ネットワーク、慢性腎臓病、臓器老化

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特報
平成28年度井村臨床研究奨励賞受賞記念論文
2型糖尿病患者における動脈硬化の発症進展のメカニズムの解明とその制御

三田智也*

*順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学 准教授

要  旨
 2型糖尿病は心血管イベントの明らかなリスク因子である.2型糖尿病における動脈硬化促進因子は持続性高血糖,食後高血糖やインスリン抵抗性などさまざまな因子がある.個々の動脈硬化のリスク因子を見極め,早期より介入していくことが心血管イベントの発症を抑制するために重要であると考えられる.また,単に血糖を下げるのではなく,低血糖や体重増加の合併に留意しながら,質の良い血糖コントロールを目指すことが求められる.

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