最新醫學 73巻3号 
特集 NGS 時代における遺伝性腫瘍の診断とマネージメント


要  旨


鼎談
 次世代シークエンサー(NGS)時代の遺伝性腫瘍診療について 

近畿大学              田村 和朗
国立がん研究センター       吉田 輝彦
FMC東京クリニック         田村 智恵子
兵庫医科大学            冨田 尚裕(司会)

 座談会の内容
 ・我が国の遺伝性腫瘍診療の現状について
 ・我が国の遺伝性腫瘍診療に関する人材育成
 ・近年のゲノム医療の発展・普及について
 ・遺伝性腫瘍診療の将来展望 
など
 
   吉田先生   冨田先生     田村先生 田村先生

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総論
遺伝性腫瘍におけるデータベースの活用と問題点

宮部 泉* 赤木 究**
*  埼玉県立がんセンター腫瘍診断・予防科 ** 同科長兼部長

要  旨
 NGSの出現により,短時間で安価に網羅的ゲノム解析を行うことが可能となった.こうした技術革新により,現在でも遺伝性腫瘍を含む遺伝性疾患の原因遺伝子とそのバリアント情報が収集されている.その情報量は膨大となり,臨床応用するには,使いやすく信頼のおけるデータベースの構築がますます重要になってきた.本稿では遺伝性腫瘍の診断のために,現在利用できる代表的なデータベースの概要と活用法,現在の課題・問題点について紹介する.

キーワード
遺伝性腫瘍、データベース、バリアント、Lynch症候群

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総論
NGS時代の遺伝性腫瘍診療における現状と課題 1.研究者・教育者の立場から

田村 和朗*
* 近畿大学理工学部生命科学科分子生物学研究室 教授

要  旨
 NGSで網羅的解析が行われる時代に突入し,遺伝性腫瘍領域の診療形態は「ピンポイント」に単一遺伝子疾患の診断を目標とした診療から,臨床診断は類縁疾患を含め「グループ」としてとらえ,確定診断はマルチ遺伝子パネル検査にゆだねる方向に変わることが予測される.本格稼働に至るまで,検査,検査後のバイオインフォマティクス解析,臨床サイドの向上,遺伝カウンセリング体制の整備,偶発的/二次的所見への対応,専門的人材の確保など,多くの課題解決を必要とする.これらの点をもとに,NGS時代の遺伝性腫瘍診療を考える.

キーワード
がんゲノム医療、統合データベース、バイオインフォマティックス、偶発的/二次的所見、遺伝カウンセリング

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総論
NGS時代の遺伝性腫瘍診療における現状と課題 2.医師の立場から―二次的所見を中心に―

吉田 輝彦**1 高津 美月*1 田辺 記子*1 菅野 康吉*1*2
*1  国立がん研究センター中央病院遺伝子診療部門 **1 同部門長
*2  栃木県立がんセンター研究所がん遺伝子研究室・がん予防研究室技幹

要  旨
 NGS時代の遺伝性腫瘍診療が,それ以前のサンガーシークエンス時代と比べて大きく異なるのは,二次的・偶発的所見の圧倒的な増加である.そのため臨床現場では,①一次的所見と二次的・偶発的所見の判別と,②二次的所見等を患者・家族に報告するかどうかの判断についてのポリシーと標準的な作業手順の確定が必要となる.その一案を示した.NGS時代には多くの夢と期待が集まるが,診断後の,家系のリスクに応じて個別化された生涯対応型のサーベイランスや,予防・先制医療などについての本邦のエビデンス不足や,保険診療導入が進んでいない等の重要課題が残されていることは銘記すべきである.

キーワード
次世代氏クエンサー(NGS)、遺伝性腫瘍、二次的所見、アノテーション

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総論
NGS時代の遺伝性腫瘍診療における現状と課題 3.遺伝カウンセラーの立場から
田村 智英子*1*2

*1 FMC東京クリニック医療情報・遺伝カウンセリング部
*2 順天堂大学医学部附属順天堂医院遺伝相談外来

要  旨
 マルチ遺伝子検査やLynch症候群のユニバーサル・スクリーニング,遺伝性腫瘍に特化した薬などが出てきて,従来型の遺伝性腫瘍診療の流れが大きく変わりつつある.がん診療においては,生殖細胞系列の遺伝子解析と体細胞レベルの解析,両者を併せて患者や血縁者の予防や治療を総合的に検討するようになってきた.従来型の遺伝性腫瘍診療も欧米に比して未整備である日本において,長期的視野に立った新たな体制構築が望まれる.

キーワード
遺伝カウンセリング、マルチ遺伝子検査、アクショナブル遺伝子、ユニバーサル・スクリーニング、PARP阻害薬

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各論
家族性大腸腺腫症(FAP)

山口 達郎*1*2
*1 がん・感染症センター都立駒込病院外科 *2 同遺伝子診療科

要  旨
 家族性大腸腺腫症(FAP)は,APC遺伝子の生殖細胞系列変異を原因とする常染色体優性遺伝性疾患である.しかし,臨床的にFAPと診断されてもAPC遺伝子に変異を認めないことがある.近年,多発大腸腺腫を認める疾患として,常染色体劣性遺伝性疾患のMUTYH関連ポリポーシスと常染色体優性遺伝性疾患のポリメラーゼ校正関連ポリポーシスが同定された.今後のNGS時代では,それぞれの疾患の診断とマネージメントについて理解しておく必要がある.

キーワード
家族性大腸腺腫症、APC遺伝子、MUTYH関連ポリポーシス、ポリメラーゼ関連ポリポーシス

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各論
Lynch症候群

田中屋 宏爾*
* 国立病院機構岩国医療センター 統括診療部長

要  旨
 Lynch症候群は,さまざまな関連腫瘍を発生する高頻度の遺伝性疾患である.全大腸がんを対象に腫瘍組織を検査するユニバーサル・スクリーニングは,本症候群のリスク評価のみならず,治療薬の効果予測の観点からも推奨されており,マルチ遺伝子パネル検査は迅速,安価,かつ総合的な診断を可能とした.免疫チェックポイント阻害薬は,本症候群の多くの関連腫瘍に効果が期待されている.Lynch症候群に対する新しい診断や治療について概説する.

キーワード
Lynch症候群、マイクロサテライト不安定性検査、ユニバーサル・スクリーニング、マルチ遺伝子パネル検査、免疫チェックポイント阻害薬

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各論
遺伝性乳がん
矢形 寛*

* 埼玉医科大学総合医療センターブレストケア科 教授
要  旨
 遺伝性乳がんは,遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)として包括され,主にBRCA1/2が原因遺伝子であるが,近年,マルチ遺伝子パネルにより多くの関連遺伝子が詳細に分かってきた.BRCA1/2変異では高悪性度の乳がん,卵巣・卵管がんを高頻度で発症するため,サーベイランス,リスク低減手術など特別な対策を立てる必要がある.また,ポリ(ADP?リボース)ポリメラーゼ(PARP)阻害薬がHBOC関連がんの治療に有効であることが示されている.    

キーワード
遺伝性乳がん卵巣がん症候群、BRCA1/2、高悪性度、NCCNガイドライン、マルチ遺伝子パネル

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各論
遺伝性婦人科腫瘍
植木 有紗* 阪埜 浩司** 青木 大輔***

*   慶應義塾大学医学部産婦人科 **  同講師 *** 同教授

要  旨
 遺伝性腫瘍は多岐にわたり,さらにその関連腫瘍は多臓器に起こりうる.婦人科関連の遺伝性腫瘍は,主に遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC),Lynch症候群,Peutz?Jeghers症候群等が代表的である.婦人科関連腫瘍である卵巣がん・子宮体がんはそれぞれの疾患群と重複する腫瘍であり,遺伝性腫瘍診療において産婦人科が担う役割は大きい.そして産婦人科においては診断だけでなく,その後の治療戦略を提示・サーベイランスフォローする立場としても非常に重要であり,産婦人科医が今後の遺伝性腫瘍診療を担っていくニーズは高まっている.本稿では遺伝性腫瘍の詳細は他稿に譲り,遺伝性婦人科腫瘍としての卵巣がんおよび子宮体がんの概要を俯瞰したい.

キーワード
遺伝性婦人科がん、遺伝性乳がん卵巣がん症候群、Lynch症候群、Peutz-Jeghers症候群、Cowden病

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各論
家族性副甲状腺機能亢進症
内野 眞也*

* 医療法人野口記念会野口病院外科 部長
要  旨
 家族性副甲状腺機能亢進症は,原発性副甲状腺機能亢進症の約5%を占めており,多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1),MEN2A,MEN4,副甲状腺機能亢進症顎腫瘍症候群,家族性孤発性副甲状腺機能亢進症などがある.遺伝学的検査としてはそれぞれMEN1,RET,CDKN1B,CDC73,GCM2遺伝子などが対象となる.家族歴や臨床徴候などの情報をもとに,どの遺伝子をどのような順番で検索していくかを考慮し,基本的にサンガーシークエンスで解析している.しかし上記を臨床的に鑑別することが困難な場合は,これら副甲状腺関連の遺伝学的検査を一度に行って診断するNGSが強力な診断ツールになり得る.

キーワード
多発性内分泌腫瘍症1型、多発性内分率腫瘍症2A型、多発性内分泌腫瘍症4型、家族性孤発性副甲状腺機能亢進症

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各論
多発性内分泌腫瘍症2型
櫻井 晃洋*

* 札幌医科大学医学部遺伝医学 教授
要  旨
 多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)は甲状腺髄様がんと褐色細胞腫を主徴とする常染色体遺伝性疾患であり,遺伝性腫瘍の中では例外的にがん遺伝子が原因となっている.がん抑制遺伝子が機能喪失型変異によって発がんの原因になるのに対し,がん遺伝子は機能獲得型変異がその原因となるため,変異部位はある程度規定されており,かつ遺伝型と表現型の相関も明瞭である.したがって,NGSによる網羅的な遺伝子解析によって二次的にRET遺伝子にバリアントが同定された場合も,がん遺伝子に比較してその病的意義の判断は比較的容易と考えられる.

キーワード
甲状腺髄様がん、褐色細胞種、粘膜神経腫、がん遺伝子、機能獲得性変異

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各論
網膜芽細胞腫
鈴木 茂伸*
* 国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科 科長
要  旨
 網膜芽細胞腫は小児の眼球内に生じる悪性腫瘍であり,RB1遺伝子の単一遺伝子疾患である.生命予後は95%,約半数の眼球温存が可能であり,その約半数で有効な視機能を温存できる.遺伝子変異は腫瘍の診断には必須ではなく,遺伝性を同定するために検査される.欧米では遺伝学的診断に基づき眼科的検査や二次がんのサーベイランスを行うことが推奨されているが,我が国では保険制度を考慮した対応が必要である.

キーワード
,RB1遺伝子、遺伝性網膜芽細胞腫、二次がん、三側性網膜芽細胞腫

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各論
遺伝性腎がん
矢尾 正祐*** 蓮見 壽史* 近藤 慶一** 中井川 昇**

*  横浜市立大学大学院医学研究科泌尿器科学 ** 同准教授 *** 同教授

要  旨
 遺伝性腎がんは腎がん全体の5%程度を占めるが,10種類以上が現在同定されている.いずれも特徴的な病理組織型と病態を示す腎がんを発症し,全身性の合併症を伴うことが多い.希少疾患であるため,オールジャパン体制で症例を集積し,遺伝子診断も含めた病態解明,欧米例との差異を明らかにし,それに基づいた生涯にわたる診療体制の構築が望まれる.さらに,これらを通して腎がんの発症機構の解明と新たな治療法の開発が期待される.

キーワード
遺伝性腎がん、von Hippel-Lidau病、Birt-Hogg-Dube症候群、胃炎性平滑筋腫症・腎細胞がん症候群

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各論
Li-Fraumeni症候群
舩戸 道徳*

* 国立病院機構長良医療センター臨床研究部再生医療研究室 室長

要  旨
 Li-Fraumeni症候群は遺伝性腫瘍症候群の1つで,原因遺伝子は生殖細胞系列のTP53である.特徴は高い発がんリスクと早期発がんリスクで,高頻度に発症するコア腫瘍には軟部肉腫や骨肉腫,閉経前乳がん,脳腫瘍,副腎皮質がんが含まれる.現在までのところ確立した治療戦略はなく,二次がんの発症リスクを抑えるための検討が必要とされる.最近,カナダや米国からがんの早期発見を目指したサーベイランスプロトコルの有効性が報告され,注目されつつある.

キーワード
TP53、高発がんリスク早期発がんリスク、遺伝カウンセリング

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各論
比較的まれな遺伝性消化器腫瘍
中島 健*1*2

*1 国立がん研究センター中央病院内視鏡科 *2 同遺伝子診療部

要  旨
 『遺伝性大腸癌診療ガイドライン』では,家族性大腸腺腫症およびLynch症候群が取り上げられ,臨床医の診療向上に貢献した.それ以外にも,遺伝性の消化器腫瘍性疾患は存在する.特に,比較的診断が容易なポリポーシス以外の,Li?Fraumeni症候群やCowden病は,その表現型が散発性がんと類似し診断が難しい.遺伝性腫瘍の特徴である「多発性」,「家族歴」,「若年性」に常に留意し,遺伝カウンセリングと連携しての診療が必要である.

キーワード
Peutz-Jeghers症候群、若年性ポリポーシス症候群、Cowden病、Li-Fraumeni症候群、遺伝性びまん性胃がん

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痛みのClinical Neuroscience
(33)運動器の痛み 5.肩関節の痛みの病態メカニズムと対応
岩堀 裕介

愛知医科大学整形外科 特任教授

要  旨
 肩関節の疼痛は,要因別に侵害受容性,神経障害性,心因性に分類される.そこに脊髄反射による筋肉痛や関連痛による修飾が加わる.侵害受容性疼痛の原因には,物理的刺激と生化学的反応がある.さらに急性痛と慢性痛の鑑別も重要である.そうした肩関節の疼痛に対する治療的アプローチは,薬物療法,注射療法,物理療法,運動療法,manipulation,手術療法など多岐にわたる.個々の患者において,疼痛の原因を的確に診断し,その原因に見合った治療手段を選択することが肝要である.

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トピックス
慢性血栓塞栓性肺高血圧症に対するカテーテル治療法
川上 崇史*

* 慶應義塾大学医学部循環器内科 特任講師

要  旨
 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は器質化血栓が肺動脈の広範囲を狭窄または閉塞させ,肺高血圧症を起こす難治性疾患である.治療法には,外科的肺動脈内膜摘除術(PEA),肺血管拡張薬,バルーン肺動脈形成術(BPA)がある.特にCTEPHに対するBPAは,世界から注目されている分野である.以下に,BPAのこれまでのエビデンスと実際の手技,本邦での治療成績を中心に,CTEPHの治療について概説する.

キーワード
慢性血栓塞栓性肺高血圧症、バルーン肺動脈形成術/b>

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トピックス
プロリン水酸化酵素(PHD)阻害薬による新しい貧血治療
田中 哲洋*

* 東京大学附属病院腎臓・内分泌内科 講師

要  旨
 腎性貧血は,慢性腎臓病の主要な合併症である.エリスロポエチン(EPO)産生低下を主因とする本病態は腎症や心・血管合併症の進展増悪因子であり,組み換えヒトEPO製剤による治療が行われてきた.一方で近年,EPO転写を促進する低酸素誘導因子(HIF)が同定され,その調節機構が解明されたことから,HIF活性化薬としてプロリン水酸化酵素(PHD)阻害薬が開発された.同薬剤は体内でのEPO産生を高め,鉄利用効率を最適化して腎性貧血の改善をもたらす.

キーワード
プロリン水酸化酵素(PHD)阻害薬、低酸素誘導因子(HIF)、腎性貧血

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第54回 2017年度ベルツ賞受賞論文2等賞論文
個人の睡眠・覚醒リズム特性と求められている社会時刻との不調和による心身の異常とその病態生理に関する研究
三島 和夫**  肥田 昌子*   北村 真吾*

*  国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所・精神生理研究部 ** 同部長

要  旨
 我々は,ヒトの睡眠・覚醒リズムの調節メカニズム,およびその破綻と臨床的意義について,睡眠医学,精神生理学,脳機能画像学,分子生物学的手法を用いて取り組んできた. 本総説のテーマの1つである概日リズム睡眠?覚醒障害(Circadian Rhythm Sleep?Wake Disorder,以下CRSWD)は,個人の睡眠・生体リズム特性が24時間周期の昼夜サイクルに適合できない睡眠障害である.我々は,その一型である非24時間睡眠?覚醒リズム障害(Non?24?Hour Sleep?Wake Rhythm Disorder,以下N24SWD)に罹患した患者の生物時計周期(τ)を,自施設にある長期隔離実験室を用いた強制脱同調試験で精密に測定することで,N24SWDにおける異常な長周期の存在を世界で初めて明らかにした.また,τの異常を実地臨床で簡便に同定するため,皮膚線維芽細胞内の時計遺伝子hBmal1の転写サイクルをリアルタイムモニタリングすることによって末梢時計周期(τp)をin vitroで計測する手法を開発した.τpを指標として時間療法(光療法およびメラトニンを用いて睡眠・覚醒リズムを正常化する治療)への反応性を検証した結果,τpが短いN24SWD患者では臨床転帰が良好であることが明らかになった.また,候補時計遺伝子の網羅的解析により,CRSWDへの罹患感受性に関連する複数の遺伝子多型・ハプロタイプを見いだした. CRSWDに限らず,睡眠時間帯やクロノタイプ(朝型・夜型指向性)の決定に大きな影響を及ぼすτの長さには大きな個人差があること,しかしながら求められている社会時刻はそれに比して画一的であり,その結果として個人の睡眠特性と社会時刻のミスマッチによって内的脱同調(生物時計位相と睡眠相の相互位相関係の異常)や睡眠負債(睡眠不足の蓄積)を呈する生活者が少なからず存在することを明らかにした. 個人の睡眠特性と社会時刻のミスマッチは,生活者の心身機能に多大なる影響を及ぼす.夜型クロノタイプでは睡眠時間の短縮と同時に強い抑うつ状態を呈していることを明らかにするとともに,同様の抑うつ気分は健常被験者においてもごく短期間の睡眠負債によって容易に惹起されることをシミュレーション試験で示した.日常的に生じ得る程度の睡眠負債によって気分低下が生じる神経基盤の1つとして,睡眠負債が情動制御にとって重要な扁桃体?内側前頭皮質間の機能的結合(相互抑制)を減弱させることを,脳機能画像学的に明らかにした.さらに,一般生活者の中には自覚できない程度の軽度だが持続的な睡眠負債(潜在的睡眠不足)が存在し,精神機能,食欲制御,代謝,ストレス応答系の機能を低下させていることを見いだした. 上記のように,我々は睡眠・覚醒リズム調節機能の個人差/多様性,社会時刻への同調不全のメカニズム,個人の睡眠特性と社会時刻のミスマッチが心身に及ぼす影響を明らかにする一連の研究に関する多くの成果を得ており,本総説のテーマとした.


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